完璧青年の喪失
ぱちん、しゅわり

.

結局私は眠りに落ちるまで、ずっと先輩の事しか考えてなかった、否、考えられなかった。綺麗なんて、言われた事記憶にある中では全くないから、先輩の声がぐるぐる頭を駆け巡って思考回路を支配していくの。カーテンから漏れる光を合図に今日も先輩と帰れるかな、なんて考えてみたり。めまぐるしく流れる十二月の半ばに、まるで私は追いつけていないようだ。

「はいじゃあ、蘭が買ってきて〜」
「えぇ ー 七日連続 〜」
「負けるから悪いの!」
「う。行ってきます。」

運が悪いのにも程がある気がするけど神様は私に性悪かもしれない。だって、六人でじゃんけんして七日連続負けるなんて、変だ変だ。なんて運を呪ってみたところで何も変わらないけれど。今日は雪も降っていないしあったかいかな、そう思ったけど流石に冷たいペットボトル五本も腕に抱えたら、雪なんか降ってなくても指が冷たくなって感覚がなくなっちゃう。

「手伝おうか?」
「え、わ!黒尾先輩 …」
「ほら、貸して」

上手く六本抱えこんでくるりと振り向いたら目を覆う大きな影。上から優しい声が降ってきて、直様誰なのか分かった。先輩は抱えているうちの四本ひょいと抜き取ると、くるりと踵を返して「早く行かないと昼休み終わっちゃうぞ」そう言った。そのままスタスタ歩いて行っちゃうんだから慌てて追いかける。どこかのラブストーリーみたいな展開だな、なんて一人で考えみる。いけない、口角が上がっちゃう。

「なんでこんなに買ってるの?」
「じゃ、じゃんけんで …」
「負けたんだ」
「はい …」

頭の先から足の先まで熱くてもう蒸発しちゃいそう。はは、って先輩が笑うから、悔しくて恥ずかしくて唇を噛んだ。でもまさか二年生の階まで来てくれるなんて思ってなくって、慌ててここでいいですって言うつもりが階段の最後で突然先輩の前に立ちはだかってしまった。「え?」当たり前の反応が返ってきて、背中にじわり滲む汗が気持ち悪い。

「気にすんなって、大丈夫だから」

ほんのり暖かい手がぽん、と私の頭に触れる。私の髪が揺れて、先輩は傍をすり抜けていく。どうしてそんなに優しいんだろう、先輩は。ぼうっと先輩の後ろ姿を眺めてるから、足が動かない。否、屹度大地先輩だから、皆に優しかったりするのかな。それなら少し寂しい気がするので、自惚れてもいいですか?先輩。まだ触れられた部分から熱が滲み出てきそうなの。

「ま、まってくださいよ …」
「蘭ちゃん何組かなぁ」

そう言って次々と教室に顔を覗かせてゆく先輩のせいで、周りは段々と騒がしくなるし、先輩についていく私への視線だって痛い。先輩は気づいていないけど、先輩は人気があるんだよ。考支とか、影山君とかだけじゃないの。女の子の黄色い声の先には、先輩、あなただっているの。

「く、黒尾先輩 …」
「何?」
「も、もう大丈夫ですか、ら」
「あ、もしかして後半クラスかな?」

ああもう、どうして分かるの。こんなに騒がれて後ろじゃあ真っ赤な私が歩いているというのに、顔色一つ、まるで無垢な顔でどんどん進んで行くなんて、やっぱりずるい。さっきは悴む指を今すぐ温めたいなんて思ってたけど、今はむしろ、氷漬けにされたい程熱いよ。「きゃ、え?黒尾先輩?」聞き慣れた声が滑り込んで来て、直様顔を上げると、教室の入口でにっこり笑って返事をする先輩が見えた。

「はい、蘭ちゃんの」
「え?蘭?」

先輩はペットボトルをその子に渡すと、踵を返して「じゃあな、」とまた、ぽん、と頭に触れる。ありがとうございますなんて言えるわけなくって、仮に言えてもそれは友達達の質問の声に掻き消されて先輩には届かなかっただろう。

「付き合ってるの?」
「ないない」
「両思いだったり?」
「ないない」

同じような質問ばかり、何も無いんだって。なんて言ってもすぐ信じてもらえる訳もなく。

「好きなの?」
「ないな、、い」

言葉が詰まったのを、喉に弾ける炭酸のせいにしてみる。まるで炭酸にどっぷり浸かった私の心臓は、喉奥にパチパチ割れる炭酸みたいにきゅるり呼吸を締め付けて離さない。先輩の柔軟剤の匂いがまだする気がして、振り返れば笑った先輩が立ってる気がして、でも振り返ってもそこはただのドアがあるだけで。私、病気でもかかったのかな、もしかかったのなら、それは屹度、先輩のせいだ。


先輩の、馬鹿。
< 2 / 2 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

バッド・ボーイ・ブルー
BOMi/著

総文字数/4,409

恋愛(その他)5ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop