「竹の春、竹の秋」

8.

 それからしげしげと薫の手を見つめて、タクミは少し首をかしげて言った。
 「口説く──って」
 タクミは薫のひとさし指と中指を持って爪を見ていた。
 「そうだな、どうしようか・・・」
 薫はその屈託なさに笑った。あまりにも心底から出た、まるで独り言のような言葉だったからだ。まるで、そんなこともできずにいるそういう自分に少し呆れた、というような言い方だった。この数年、2、3年・・・だったろうか。彼が姿を見せなかった、その間、タクミは「口説く」必要がなかったのだと、薫は察した。それから薫は素直に言った。
 「まだ、だったの?とっくに口説かれてるつもりだった。」
 「そう?そうなのか?」
 タクミは指先を握り締めたまま、また、少し遠い目をした。

 「君に、似てて…すごく似てるって訳じゃないんだけど、なんとなく似てて…」
 タクミは目の前にいる薫ではない誰かに言うようにぽつぽつと語る。「うん」と、薫は、聞いているよ、という合図だけのために小さく短く返事をする。
 「背の高さとか、身体の細さとか、肩の感じとか、髪の毛の細さとか──」
 「うん。」
 「本当は、誰でもいいから誰かとって、思ってたんだけど──」
 「うん。」
 「似ている人となんて、辛い、きっと──」
 「ん。」
 「でも、──」
 「うん」
 「誰でもいいって思えるくらいなら、あの人だと思って君を抱いたら、最後に、あの人を抱いた気に、───」
 「・・・・うん」
 「あの人を、抱いた気になったり、するんだろうか?」

 そうタクミが溢した最後の一言が、疑問符だけを残して水滴を吸ったコースターに滲む。じっとりと濡れたコースターをまっすぐの向きに直して、薫は、それ以外の言葉を見つけられずに言った。
 「・・・・試してみたらいい。」
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