躊躇いと戸惑いの中で


店舗の人間も大変だけれど、本社も上に行けば行くほど難しいものがある。
社長からの指示が突然なら、終業時間目前でもそれに従わなければいけないし。
店舗からヘルプがかかっても同じこと。
かつ、それを愚痴れる相手も限られているのだから。

「あの……」

乾君が何か言いかけたところで、河野が木下店長との話を終えてそばに来た。

「あ、乾。上がりか?」

後ろから河野に声をかけられて、びくりと驚いて振り返っている。

だから、驚き過ぎだってば。

余りの反応のよさに、つい笑みが漏れる。

「はい。お疲れ様です」

ビシッと挨拶をする姿は、プログラミングされたロボットみたいだ。

「おう。おつかれ」

そんな乾君の緊張に、河野は微塵も気づいていない。

「乾さ、お前も飲みにいくか?」
「えっ?!」

突然の誘いに、乾君が驚いたように河野を凝視している。
そして、私も驚いた。

社員が居ては、込み入った会社の愚痴も言えないじゃない。

そう思ってから直ぐに、もしかしてPOPのことで何かしら話をするのかもしれないと、河野を見ると企んだような目つき。

ビンゴかも。

「歓迎会してやるよ」

無駄にニコニコとした河野の目が、乾君の気持ちを更に躊躇させている。

「あ、いえ。そんな。歓迎会は、一度してもらっているので……」

当然の如く、僅かに後ずさりしながら遠慮する乾君。
けれど、河野はそんなのお構いなし。

「いーから、行くぞっ」

躊躇っている乾君を全く気にせず、彼の肩に腕を回すと河野は強引に誘った。

「よし。歓迎会だ。行くぞ、碓氷」
「りょーかい」

乾君は、連行されるように河野によって居酒屋へと連れて行かれる。
その後姿に、少し面白そうだとほくそ笑みながらついて行く私だった。


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