躊躇いと戸惑いの中で


聡太にインクを渡し、急いで河野の待つ会議室へ向かう。

「ごめん、ごめん」

会議室に入って謝ると、おっせーよ。と不機嫌なひと言。

「乾。何の用事だったんだ?」
「プリンターのインクが欲しいからって」
「んなもん、後回しでいいだろう。こっちは打ち合わせをとっとと済ませて、既存店行かなきゃなんねーんだぞ」

機嫌が悪そうにしながら、河野がファイルを開く。

「向こうも急ぎだったみたいだから」
「新店もないのに、急ぎなんてそうそうあるかよ」

吐き棄てるように言った河野は、他にもなにやら零していたけれどよく聞き取れない。

「もう。イライラしないでよ。ほらっ、始めよ」

河野のイライラを宥めすかして、打ち合わせ開始。
なんだかんだと意見を出し合い、気がつけば一時間はとうに過ぎていた。

「よしっ。んじゃ、そういうことで。今決めたこと、書類に纏めといてくれ」
「了解。小田さんとも相談して、社長に報告しておく」
「おうっ」

河野と連れ立ってフロアに戻る廊下を歩いていると、少し先にあるPOPフロアから丁度乾君がアルバイトスタッフと共に出てきた。
私と河野の姿に気がつくと、二人でぺこりとお辞儀をする。
聡太は、一緒に居たスタッフに何か伝えると、その子はフロアの中に戻っていった。

「碓氷さん。少しいいですか?」

河野と歩いて行くと、聡太に呼び止められた。

「なに?」
「また、インクか?」

訊ねる私の後ろから、河野が皮肉めいた風に口を開く。

「いえ。碓氷さんに、少し相談があって」
「俺も一緒に聞いてやろうか? POPの面倒は、一応俺がみることになってるからな」

私に話しかける乾君を制するみたいに、河野が割って入ってくる。

「碓氷さんに相談なので、河野さんは大丈夫です」

きっぱりと断られて、河野は嘆息している。

「だってよ、碓氷。んじゃ、俺は店舗廻ってくるから。さっきの書類、急ぎで頼むぞ」

そう言って河野は、私の肩に手を置きいなくなる。


< 142 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop