躊躇いと戸惑いの中で


「河野さんが来ないかなって、実は少し期待したんだけどな」

河野の車を一瞥しながらいう聡太に驚き、私は目を見開いた。

彼に抱いていたイメージにずれが出て、そんな彼に何て言えばいいのかわからなくなる。

何も言えずに黙り込んでしまった私のことを、彼の目が寂しげに見つめていた。

「うそ。ごめん。なんか悔しくて。沙穂のこと、今日は独り占めにされちゃうんだって思ったら、いてもたってもいられなくなった」

少しだけ投げやりな言い方。

それはやっぱり子供のようで。
自分の思い通りにいかないことに、地団太を踏んででもいるみたいに取れる。

「独り占めって。ただ、飲みに行って愚痴を聞くだけだよ……」
「それでも、イヤなんだよ。相手は、この前の店員とは違うからね。もしも、沙穂が僕から離れて行っちゃったらなんて考えたら仕事なんて手につかないっ」

早口で捲くし立てる聡太に彼の束縛の強さを知った。

店員さんの時には可愛らしいと感じたそれも、河野に対しては可愛いを通り越してしまっている。
私にこう言えば、きっとどうにかなるんじゃないか。と思っているのかもしれない。

「河野とは、同僚だよ」
「……沙穂にしてみたらね。けど、相手にとって、沙穂はもっと大事な存在のはずだから」

その言葉にはっとした。

聡太は、気づいているんだ。
河野が私を想ってくれていることを。
だから、不安になるんだよね。

聡太をこんな子供みたいにさせてしまっているのは、私のせい?

けど、信じて欲しい――――。

ドンと構えてなんて、社会人になったばかりの彼には重荷になるのかもしれないけれど。
それでも、信じて欲しいのに……。

「大丈夫」

私が好きなのは、聡太だよ。
子供みたいな我儘なんて、言って欲しくないよ。

ねぇ、聡太。

私は彼に向かって大丈夫と精一杯の笑顔を向ける。

そうして、もう一度今度はそっと唇を重ねた。
信じて欲しい気持ちを込めて。


< 153 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop