躊躇いと戸惑いの中で


迷っている私に構うことなく、河野がケースから指輪を取り出した。

「嵌めてみてくれないか?」
「……え」
「今だけでいい。碓氷の指に俺の選んだ指輪が光るのを見たい」

箱から取り出した指輪を持って、河野がそばに来る。
そうして、私の手を取った。

断ることのできない弱い私の薬指に、スルリとはめ込まれた指輪。
キラキラとしていてとても綺麗。
そして、何よりも、河野の気持ちがこもっている。

「よく似合う」

目の前で白い歯を見せる河野に、自分の気持ちが今何処にあるのかを見失いそうだ。

「普段からつけていてくれなんて言う我儘はさすがにいわねぇよ。けど、持っていて欲しい。碓氷が持っていてくれるだけで、俺の気持ちは救われる」

すぐそばで見せる笑顔が眩しく感じた。
河野がこんな風に私のことを見て微笑むなんて、初めてかもしれない。
なんて柔らかく穏やかな目で私を見るんだろう。

仕事でからかったり、真剣に相談しあったりしてきた今までとは全く違う目。
その目が私を見つめている。

つけていなくていいなんて、本音じゃないのは判っているし。
ズルイなんて言っているけど、そんなギリギリの場所に追い込んでしまっているのは私なのも判っている。

だけど、目の前の河野を見てしまえば、指輪をつき返すことができなくて。
今まで色んなことを理解しあい、分かち合ってきた身近な存在の河野を、どうしても遠ざけることができない。

ごめん、河野。
私の方が、ずっとずっとズルイよね……。

結局、河野がいる目の前で、私は指輪をはずすことができなくなってしまった。
光る指輪の重みが、ずんと心に圧し掛かる。



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