躊躇いと戸惑いの中で


「そろそろ、行こうか」

くすぐったいような気持ちを抱え、腕時計で時間を確認して席を立つ。

店の外に出て本社へ向かって歩いていると、乾君は隣に並んで口を開いた。

「ランチ、楽しかったですね」
「あ、うん」

最初はどうなるかと思ったけれど、最後の最後でなんか気分よくなっちゃったしね。
思わず隣の彼を見ると、さっきあれだけの笑顔を私に向けたのに、今はまた何を考えているのかよく解らない素の顔だった。

この表情で、楽しかった、といわれても、本当に? と疑いたくなるんですが。

さっきみたいな、とまではいわないけれど、もう少し表情を崩せないものかしら?
まさか、二重人格?!

「どうかしました?」

いやいや、その言葉そっくり返したいんですけど。
でも、本人が楽しかったというのなら、この表情でも楽しかったんだろう。

それとも、お世辞?
だとしたら、そのお世辞は余り成功していないと思うよ。

まだまだ彼のキャラをつかめない私は、深く入り込むのがなんだか憚られて、それはよかった。と薄っすら笑顔で返しておいた。


< 31 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop