躊躇いと戸惑いの中で


乾君にお疲れを言って、私は、お邪魔いたしました、とそそくさ退散した。
その背中を乾君が追ってきた。

「碓氷さん」

駆け寄ってきた彼を見ると、頭を下げられる。

「ありがとうございました」
「そんな、こんなのたいしたことじゃないよ」

お弁当とドリンクの差入で頭を下げられるなんて、恐縮だ。

「碓氷さんて、優しいですよね」
「今だけかもよ~」

わざと脅すようにしてニヤリと笑うと、乾君が可笑しそうに白い歯を見せる。

「河野さんのところへ行くんですよね?」

私の手にあるドリンク剤に一度視線をやり訊ねる乾君。

「そうね、これ渡してから帰ろうと思って」
「じゃあ、あんまり遅くならないうちに気をつけて帰ってくださいね」
「ありがと。お疲れね」

片手を上げて背を向けながら、さっき河野にも似たようなことを言われたな、なんて思っていた。

ドリンク剤一本を手に、倉庫にいる河野にさっさと渡して帰ろうと足を速める。
さっきと同じように重いドアを押し開けて中に入れば、床に座り込んで独り黙々と検品している河野の姿が見えた。

「こうのー」

ドリンク剤を高く掲げて振ると、その存在に気がついた河野が嬉しそうに、ニッと口角を上げた。
散らかる倉庫内を、河野の座る場所までひょいひょいと進んでいく。

「差し入れ~」

なんて、いつもの調子で言いながら近づいていった瞬間、出るはずの右足が何かに引っかかって前に出なかった。
えっ? と思った瞬間には自分の体が既に傾いていて、座っていた河野めがけて倒れこんでいく。

「きゃーっ!」
「うわっ! うすいっ、あっぶねっ!!」

口角の上がっていた河野が、自分に向かって倒れこんでくる私を見て驚き、持っている商品をそのままに慌てて両手を伸ばすように構えた。

私は、つまずいて倒れこんで行く体をどうにもできず、河野に向かって豪快に突っ込んで行く。
悲鳴と共にドリンク片手に、倒れこむ私。

「いってぇ~」
「痛~い」

倒れこんだ時に打った膝や手の痛みに顔をしかめながら目を開けると、座り込んでいた河野の上にまんまと覆いかぶさるような体勢で抱え込まれてしまった。


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