躊躇いと戸惑いの中で


会社へ行くことが、こんなにも嫌だと感じたことはない。

というか。
嫌だというよりも、どんな顔をして出社すればいいのかって話。

いくら忙しくたって、どんなに残業がきつくったって。
出社拒否なんて、今まで考えたこともなかった。

だけど、昨日のことが頭をもたげ、気持ちも体も前に進まない。
河野に会うことが恐いんだ。

今までずっと仲良く仕事を続けてきて、仲間だと思っていた相手が、突然男に変わったことに私は大きな戸惑いを感じていた。

男の顔をした河野に、あんな風にキスをされた私はどうすればいいの?
何で河野はあんなこと言ったんだろう。
確かに、結婚についての愚痴は、飲みに行くたびに漏らしていたけれど。
だからって、河野に結婚の相手を迫ったことなど一度だってない。
キスだってそうだ。
そんな雰囲気になることなんて、どんなに酔っ払っていたって今まで微塵もなかった。

あの瞬間のことを思い出すだけで、なんとも形容し難いおかしな気持ちになる。

会社を目の前にして入るには入れない玄関先で、踏み込めない足に根が生えてきそうだった。
何なら鉢植えでも用意してもらって、ここに居座ろうか。

ああ、つまらない冗談が本当につまらなくてイヤになる。

河野は、きっとあのあと社に戻ってそのまま徹夜で作業をしていたに違いない。
だとしたら、今日は朝から倉庫にいるだろうか。
それとも、自席について業務のための準備をしているだろうか。
どちらにしろ、出社していることには間違いがないよね。

どんな気持ちでいるんだろう?
どんな顔をしてるんだろう?

何も考えてない?
昨日の事は、やっぱり冗談だといつもの調子で笑い飛ばす?

いやいや、冗談にしても度が過ぎてるよ。
あれが冗談なら、慰謝料請求だよね。

一年間ランチおごり?

いや、それじゃあ安いか。
この先、当分飲み代は河野もちで。
うん、最低それくらいはね。

って、私のキスって安い……。
自分で考えておきながら落ち込むわ……。


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