躊躇いと戸惑いの中で


「大丈夫です。入って直ぐにこれだけ忙しい中に放り込まれると、必然的に色んなことも覚えられるので、ラッキーだと思ってますから」

あら。
前向き。

あんまり感情を表に出すタイプじゃないけれど、とてもポジティブでいいじゃない。

「無理しないでね。といっても今のこの状況じゃあ、それこそ無理だと思うけど。休むところはしっかり休んでよ」
「はい」

「梶原君とはどう? 引継ぎは、完璧?」
「はい。大丈夫だと思います。機械のことでどうしても解らない時は、連絡してもいいって携帯番号も教えてくれたので」

「そう。なら安心ね。POPは梶原君に頼りきりだったから、乾君目の前にして言うのは申し訳ないけど。ちょっと不安を感じているのが正直なところなの」
「大丈夫です。碓氷さんの迷惑になるような事は、絶対にしませんから」

「それは、心強い」

新人だからこそある、根拠のない自信というのは、ある意味強い味方になる。
ただ、万が一それが折れるようなことになった場合にするフォローは、かなり慎重にしなくちゃいけないけれど。

二人で備品倉庫を出たところで、またもばったり河野と遭遇した。

「あ、河野。お疲れ」
「おう」

乾君と並んで対面すると、あきらかに河野が不機嫌な顔つきをしてみせる。

何、その顔。

いつものように冗談で突っ込もうと思ったら、その前に河野が口を開いた。

「お前ら、何やってんの?」

何故だか険しい目つきの河野は、不機嫌なまま交互に私と乾君を見た。

「なにって。備品を取りに来ただけよ」
「……そうか」

応えた私の顔を少しだけ見て、その後河野は乾君の顔を鋭い視線で少し睨みつけるように見続けた。
訝しい表情で河野の様子を窺っている私の隣では、乾君も河野のことをじっと見ている。


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