終電間近ではなかったけれど、乾君は以前と同じように私を自宅まで送ってくれた。

「ありがとね」

エントランス前でお礼をいうと、乾君はいいえ。と小さく首を振る。
その顔に向かって、じゃあ、また。と言ってエントランスへ入って行くと呼び止められた。

「あの、碓氷さん」
「うん?」
「少し、いいですか?」

振り返る私のそばへ、乾君が近づいてくる。

なんだろう?

訊ねる乾君へ頷きを返して、二人でそのままエントランスの中に入った。
エントランスは人気もなく、深夜特有の静けさに包まれていて、時折、車が通る音が聞こえてくるくらい。
そんな静けさの中、呼び止めた乾君に耳を傾けていると、彼は私を悩ませる質問を投げかけてくる。

「もし――――」

そこで少し間を空け、私をじっと見つめる。

今度は、どんな直球ボールが飛んでくるのか、私は若干身構えた。

「もし、僕が結婚のことを真剣に考えるなら、付き合ってくれますか?」

投げつけられた直球は、サッとかわせるような軽いボールじゃなかった。
少し思い詰めた表情に、これは飲みの席でしたような笑いでのごまかしは効かないいかもしれない。

若さっていうのは、エネルギーに満ち溢れている。
そのエネルギーが今か今かと噴火するタイミングを待つみたいに、今彼の中で煮えたぎっているみたいだった。
河野みたいに“待った”をかけたところで、大人しくしてくれるよう相手じゃないのかも。

猪突猛進?
思い立ったら吉日?

ああ、例えがよく解らなくなってきた。
なんにしても、乾君は今、盲目状態なんじゃないだろうか。
そこまで想って貰えるのは嬉しいけれど、彼に結婚を考えさせるなんて、とても気が引ける。

いや、元より。
私は今、河野からプロポーズを受けている身なんだよ。
しかも考えさせて欲しいなんて、我儘まで言って。
それを、若さというエネルギーと勢いでぶつかってくる彼に、惑わされている場合じゃないよね。

今更だけど。
その場の雰囲気とはいえ、キスを受け入れたのは思わせぶりだっただろうか。

けど、あんなのよくあることじゃない?
ああ、だめだ。
こんなの、ただのいい訳になってしまう。

勢いづいている乾君を、止められるだろうか。
とにかく、何とか説明して、冷静になってもらわなくちゃ。