Sugar&Milk
再び階段を上ろうと歩き出したとき「あの!」と呼び止められて振り向いた。店員は段ボールを地面に置いて、制服のエプロンの裾をギュッと握り締めている。
「俺……いや、僕は中山と言います。階段上のカフェでバイトしてます!」
「え? そうですか……」
突然の自己紹介に戸惑う。
「いつもお店に来てくださってありがとうございます!」
「あ……いえ……」
常連と呼べるほどカフェに行っているわけではないのに、この子は私を覚えているのだろうか。こっちはこの店員の顔を知らないのだけれど。
「本当にありがとうございました。またお店に来てください……」
消え入りそうな声で言うと彼は再び段ボールを抱え、階段の裏にある事務所らしき建物の扉を開けて慌てて中に入っていった。
なんだか変な感じだ。私が知らない人に私のことを知られている。月に何回かしか行っていないのに顔を覚えてくれるのはすごいな、なんて思いながら腕時計を見ると針は22時を示していた。乗る予定の各駅停車が行ってしまった。
ああもう……また寝る時間が削られる……。
こんな毎日だから食事をとる時間もない。簡単に済ませられるカフェに行ってしまうのは仕方のないことだった。
腕時計で時間を確認しながら改札を出た。今は17時30分。予定していたよりも遅く駅に着いてしまった。
会社には17時に帰ると伝えてきていた。小腹が空いていたし、どうせ今日も残業で遅くなる。改札を出た目の前にあるカフェは今の私には魅力的な場所だ。
何か食べて帰ろう。定時まできちんと仕事したんだからカフェで休んでもいいよね。一応先に会社に連絡しよう。
カバンからスマートフォンを出して会社に電話をかける。