濡れてもいいから
濡れてもいいから
「ごめんね? 明日仕事入っちゃった」

通話を切った電話をテーブルの上に置いて、申し訳ないと、わたしより3つ年下の泰成が謝る。
少し明るく染めたサラサラの髪に、目鼻だちのはっきりした顔。通りすぎる誰もが振り返るほどの美男子。街中でスカウトされてあっという間にスターになってしまった泰成。

気づいたら、わたしの泰成からみんなの泰成になってしまっていた。
わたしは、一般人のわたしを見捨てず、むしろ付き合ってくれてることに感謝しなければいけないのかしら?
でも付き合っている以上は対等な立場でありたい。

「絶対仕事入れないって、約束しなかった?」

明日はわたしの誕生日なのに。
だから、明日だけは1日ちょうだいって。
泰成は笑って、いいよっていったくせに。

「社長命令だからしょうがないでしょ?」

お互い仕事してるんたから、上司の話しは聞かないとだめなの分かるよね?
納得せざる得ない話し方に、どうして女子の気持ちを男はわかろうとしないんだろう? 紀美香はイライラした。

「じゃあ泰成のせっかくのオフの日、わたしが仕事でデートできないってなったら、どうするの?」

「仕方ないんじゃない?」

整った眉を片方持ち上げ、落ち着いた調子で泰成が言う。

「仕方ないで片付けないでよ……最近は会いたくてもなかなか会えないんだから」

自分の気持ちを理解しようとしない泰成の冷静な様子に、紀美香はふたりの温度差に悲しくなった。
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