裏腹王子は目覚めのキスを
1、十二年ぶりの王子様
 

顔のきれいな男の人は苦手だ。
 

わたしの人生においてひとりだけ、俗にいうイケメンというよりは、王子様と呼ぶほうがふさわしい、完璧に整った顔立ちを持つ男の人がいる。
 

凛々しい眉と、くっきりとした二重まぶたに吸い込まれそうな黒目がちの瞳、高すぎず低すぎず最適な角度を保った上品な鼻と、しっとりと柔らかそうな唇。

顔のパーツは細部に至るまで隙が無く、彫刻よりも精巧で、その自信に満ちた眼差しはまたたく間に見る者を虜にしてしまう。
 

となりの家に住んでいた幼なじみの彼は、わたしの三つ年上で、今は故郷を離れ、都内の高層マンションでひとり暮らしをしている。

そんな美男子をこの世に産み落としたとなりのお宅のお母さん情報によると、彼は今、全国に数十店舗の生活雑貨店を展開する企業で、若くして課長代理というポストに就いているらしい。
 

王子様の母君から渡されたメモの走り書きと玄関脇の室名札を見比べて、わたしは深呼吸をした。

ゆるゆると吐き出した細い吐息が、塵ひとつ落ちていない通路へと滓のように沈んでいく。


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