20年も続いている幼馴染なんて、いいものじゃない。そこまで仲良しな関係が続くと、それはもう、兄弟みたいなもので、まるで家族。

 あたたか過ぎて、安心感が強過ぎるそんな関係は、気が付けばもう、身動きの取れない状態で、俺はそんなポジションに、落ち着いてしまっていた。

 変わることのない関係は、現状維持から動かない。

 もどかしさを感じ続けているのは、惚れたら負けの、俺ばかりで、俺は一生、コイツ、茜(アカネ)に片思いなんじゃないだろうか。

 平気で俺の部屋に来て、ベットの上でゴロゴロと寝転がり、漫画を読む茜は、20歳の女として、恥じらいも危機感もありゃしない。

 と、言うよりも。俺を男として、意識しなさ過ぎなんだよ。

 年を重ねるごとに、俺は強い理性を働かせる技が、必要になってきた気がする。正直、我慢も限界に近くて、俺は修行僧か? 誘ってんのか、おい! と、何度おそってやろうと、思ったことか。

 今も楽しそうに漫画の本を読んでいて、しかも自分の少女漫画を持ちこんでいるときた。

 何なんだよ、お前は。俺は思わず、呆れたように口を開く。

 「茜、お前さぁ、自分の漫画をワザワザここに持って来て、読まなくてもよくね?」

 「え~?」と、茜は俺を見ると、目をパチクリとさせる。

 そして、寝転がったままの身体を起こして、その場に座ると、笑った。

 「だって、ここ落ち着くし」

 俺が落ち着かねぇんだって!

 「いや、自分の部屋にいきやがれ」

 「いいじゃん。別にぃ~」

 茜は、うるさいなぁ~と、文句を言いたげな顔をすると、壁に背をつけ、また漫画を読みだした。

 よくねぇよ。いい加減にしろよ、お前は。

 俺を無意識に誘惑してんじゃねぇ! なんで分かんねぇんだよ!!

 俺はやりきれなくて、溜息を吐く。と、そんな瞬間に、茜が「きゃ~」と、目を輝かせて、足をばたつかせながら興奮しだした。

 こ、今度はなんだよ……。

 「うるさいんですけど」と、俺は思わず茜に言った。

 すると茜はクスクスと笑い、俺の文句は全くの無視で、楽しそうに口を開いた。

 「ねぇ、信也(シンヤ)。壁ドンって、知ってる?」

 「は?」

 「知らないの!?」

 いや、知ってるし。

 「それがなに。今、流行ってるやつだろ?」

 めんどくさいなと、俺は『はいはい』と、答える。茜は、笑って頷いた。

 「そう! 流行ってるの! いいよね~。壁ドン。ドキドキするよね!!」

 知らねぇよ。

 「あっそ。どうでもいいけど、よかったね」

 相手にしいてると、どうせ腹が立つだけなので、俺は茜から目を逸らして、適当に流す。でも、結局は茜の言動に振り回され、イラっとさせられている俺が、ここにいた。

 何なんだよ。ふざけんな。と、俺は心底そう思えた。

 漫画にドキドキさせられんじゃねぇよ。現実でドキドキしろ!

 届かない自分の想いがもどかしくて、お子様で、鈍感な茜に俺は疲れる。

 ってか、なんだよ俺。二次元負けてんじゃねぇか!!

 ハッと気が付く現実に、俺はまた、イラッとさせられた。

 なんだ、この敗北感は。ムカつくな、おい!

 俺は思わず疲れた溜息を吐く。すると、フッと自分にかかる影。

 え? と、顔を上げると、跳ねる心臓。

 「なっ!?」と、短く声が出た。

 それは不意打ち。とても近い距離で、茜が俺を見下ろしていた。

 思わず後ずさった俺に、ベットの端まで来ていた茜は口を開く。

 「信也、ちょっとここに、座ってくれない?」

 は?

 茜はベットの上を指さす。

 意味が分かんねぇ。お前、誘ってんのか?

 顔を引きつらせる俺に、茜は「早く!」と、続けた。

 あ~もう、めんどくせぇ女だな、もう! そしてこんな女が好きな俺もバカだろ!!

 俺はしぶしぶ、溜息交じりに、本当に面倒だと言わんばかりの態度で、ベットの上に座る。

 すると直ぐに、茜の指示が入った。

 「もうちょっと隅に行って」

 「は? なんで」

 「いいから!」

 ズイッと近寄る茜に、俺は思わず後ずさる。

 お前、簡単に俺に近づいてんじゃねぇよ。と、俺はドキッと跳ねる心臓を、落ち着かせることに必死になる。

 それなのに、茜ときたら…。俺の心中なんて、知る由もない茜は鬼だな、鬼。

 無邪気に、バカなことをしでかした。

 「なっ―――!!」と、俺は息に近い声が出る。

 コイツ、信じらんねぇ。

 ドンッ! と、膝立ちする茜が、座った俺を覆うように、壁に手をつく。

 俺を、閉じ込めるように伸びた細い腕。近い距離。フワッと香る、茜の匂い。

 突然すぎて、心臓が止まるかと思った。

 「ビックリした? ドキドキするでしょ??」と、茜は近い距離で笑う。

 バカかお前は。ビックリするに決まってんだろ!

 ってか、驚きでドキドキさせてやろうとか、バカなことすんな!

 お前が好きな俺は、無駄にドキドキさせられるんだよ!!

 無防備で、無邪気な、バカな女。くそ。もう、思うがままに、抱きしめてやろうか。

 1,2,3と、約三秒くらい、俺たちの間で沈黙が走り、見つめあう。

 その沈黙を破ったのは、茜だった。パッと離れて、俺から顔をそらせると、直ぐに明るい声で口を開く。

 「ま、こんなのは現実の世界では無しだよね。されるとむしろ怖いし」

 んだお前。こっち見ろよ。感じ悪い女だな。

 「意味不明。何がしたいわけ?」

 思わず問いかけた俺に、茜はビクッと肩を上げると、振り返り、不自然な笑顔で笑った。

 「や、だからさ。こういうのって、漫画とかドラマの世界限定だなって、思って」

 「は?」

 「ただし、イケメンに限る的な。女の子だと、美女に限る的な感じ。実際、私みたいな女じゃダメだろうし、リアルだと、女もイケメンなら誰でもいいわけじゃないしね」

 なんだそれ。

 「じゃ、現実は何にドキドキするわけ?」

 ぜひ、聞きたいね。

 俺の問いかけに、茜は苦笑する。

 「そんなの人によって違うと思うけど。でも、殆んどが好きな人、限定じゃない?」

 なんだそれ。お前にドキドキさせられた俺からすれば、分かりやす過ぎる答えじゃねぇか。

 「人によって違うんだったら、お前は? 茜はどうなんだよ」

 俺は真面目に、問いかける。すると茜は「え?」と、俺を見た。

 そして、恥ずかしそうに笑うと、それを誤魔化すように目を逸らす。

 ドキッとする。心臓が、嫌な跳ね方をした。

 「私だって、まぁ……。されていい人、嫌な人くらいはいるよ」

 は? って、思った。茜の顔を見て、俺は瞬間冷凍されるみたいに凍り付く。

 なんだよ、その顔。お前、今、誰か思い浮かべたろ? イラッとする。誰だよ。

 「ふぅん」と、俺は不機嫌に相槌を打つ。

 じゃぁ、なにか? 俺はこんなにも茜が好きで、ドキドキさせられているのに、茜は俺じゃなくて、誰か別の男に、ドキドキするわけか??

 ムカつくな。と、俺の目がすわってく。

 嫉妬とは恐ろしいもので、守り続けていたものが簡単に、ガラガラと崩れ落ちる。

 プツリと、俺の理性の糸が切れてしまった。

 「茜…」

 俺は茜の前に、ゆっくりと移動しながら、小さく名を呼ぶ。

 「え?」と、茜は無防備に俺を見た。瞬間に、俺はダンッ! と、両手を壁につき、その檻の中に茜を閉じ込めた。

 ビクッと、肩を上げて、目を見開く茜は、硬直している。

 キスをしようものなら、今スグにでも出来る。それほどまでに、近い距離だ。

 俺は真顔で、声色低く問いかける。

 「ドキドキする?」

 ってか、しろよ。

 「――――――っ!」と、茜は瞬時に赤くなると、その顔を伏せてしまった。そして、小さく。ボソリと答える。

 「……………する」

 え?

 ドキッと、心臓が跳ねた。まさかの返答に、俺は混乱する。

 な、なんだそれ。マジでか? え??

 ソッと、顔を上げる茜は、ビックリするくらいに、真っ赤。

 なんだよ、その顔。俺、期待すんぞ。期待すっからな! ってか、これが恋愛感情を含まない台詞と態度なら、重罪だ! 重罪!!

 なんて、そんな台詞。言いたい言葉は何一つとして、俺は口に出来なかった。

 そんな俺を見上げながら、茜はさらに続ける。

 「信也はズルい。私ばっかり、ドキドキさせられてる」

 ――――っな、なんだよ! 可愛すぎるし、これ、期待するなって言うほうが無理だろ!!

 くそ。ドキドキするって、茜は言うけど、逆に俺が、俺こそが、茜にドキドキさせられているじゃねぇか!

 俺は思わず、照れくささを隠すために、右手を壁についたままで、左手の平で自分の口元を覆う。

 何なんだよ、お前。反則なんだよ。ふざけんなよ。

 「バカか、お前……」

 「え?」

 「俺だって今、ドキドキしてるっつーの」

 思わず本音が出た俺は、直ぐにハッとする。

 何だ、今の! 今の俺、何だ!! カァッと、赤くなることを自覚する俺は、更に心拍数が上がってく。

 思わず、様子をうかがうように、目の前の茜を見ると、ポカンとした、真っ赤な茜がいた。

 「な、なんだよ!」と、俺は思わず強がるように言う。すると突然、ギュッと、茜が俺に抱き付いた。

 「なっ!?」と、短い声が出る。

 ちょ、なんだよ! お前、茜! いきなり過ぎんだよ!!

 当然の茜の行動に、俺はついていけない。これは素直に喜んでいいのか、混乱しすぎて、訳が分からなくなる。

 これ、俺の妄想か!? と、思わず疑った瞬間、ベリッと茜は俺から離れると、背中を壁つけて、両手の平で顔を覆った。

 「―――っあぁあぁ……」と、情けない声を、茜が発する。

 こ、今度はなんだよ!

 「茜?」と、俺は名を呼ぶ。と、茜がブンブンと首を振った。

 顔を隠しているものだから、顔色さえもうかがえない。

 おい、こら、てめぇ。何なんだよ!

 「見ないで」

 は? ふざけんな!

 茜の台詞に、俺は手を伸ばして、その両手の仮面をはがした。

 「嫌だ。こっち見ろ!」

 「―――――っ!」と、茜の身体に力が入ったのを、俺は自分の手の平で感じる。

 ソッと顔を上げる茜は、恥ずかしそうな顔をしていて、目がうるんでいた。

 ドキッと、心臓が跳ねる。だから、お前。それ、反則だって……。キスするぞ?

 ってか、いい加減に言えよ。

 「お前、俺のこと好きだろ?」

 俺は思わず問いかける。茜はグッと、唇に力を入れて続けた。

 「信也も、私のこと好きでしょ?」

 「え?」

 「顔、真っ赤だもん」

 なっ!? おま、お前、それ言うか!?

 「茜には負ける。お前、すげー赤いからな!」

 「し、信也だって赤いんだからね!」

 っだぁ! もう!!

 「好きだから仕方ねぇじゃねぇか!!」

 思わず叫ぶ様に言った俺に、茜はうつむいた。

 「な、なんだよ……」

 「私、ドキドキして死ぬかも」

 死ぬか! バカ!! ってか、お前……。

 「これくらいで死んでたら、この後どうすんだよ」

 「へ?」

 キョトンとする茜が顔を上げ、俺は真面目にからかうつもりもなく、続けた。

 「だって両想いなら、することあるだろ? とりあえずキスしていい?」

 フッと、俺は徐々に茜よりも早く、自分を立て直し、茜よりも優位に立つ。

 それはある意味、俺にもある男のプライド。

 俺は再び壁に右手をつくと、軽く握り、手から肘までを壁につける。

 伸ばして閉じ込める両腕の檻よりも、距離が縮まる片手の檻。その効果は絶大のようで、茜はドキドキし過ぎて、目が回りそうな顔をしている。

 可愛すぎるその姿に、俺は満足するように、笑った。

 まぁ、これからは遠慮もしなくていいだろうし、修行僧も卒業だろう?

 ゆっくり、確実に深く。愛のある日々をおくろうか。



END




 

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