私、千佳(チカ)の彼氏、康太(コウタ)は、とてもモテる。

 汚い言葉で言ってやれば、ムカつくらいに、モテやがる。

 しかも最悪なのが、そのことに、康太自身が、自覚していないということ。

 私はそのせいでいつも、もどかしい思いをさせられている。

 やきもちを妬くのは、いつも私。

 鈍い康太は、鈍いがゆえの残酷さをもっていて、平気でサラリと、何でも私に報告をする。

 それは誘われてるんだよ! って、言いたくなるようなことが、何度あったかなんて、もう数えたくもない。

 私のこと本当に好きなの!? 無神経!! なんて、思えて、殺意を抱いてしまうようなことは、日常茶飯事だった。

 そして。今現在も、そう。

 お家デートの真っ最中。何気ない会話の中で、私は、違和感しか感じない言葉を、耳にした。

 ちょっと、待って。と、私はピクリと、それに反応する。

「康太………。今、なんて?」

 思わず問いかけた私に、康太はキョトンとすると、サラリと続けた。

「え? いや、だから。壁ドンって今、流行ってるんだな。って」

「なにそれ」

「は? ただの世間話をしているつもりだけど??」

 いや、それはそうだろうけど。と、私は思うけど、簡単には聞き流せなかった。

 だって、康太が流行に疎いことを、私は知っている。

 自分がモテることも自覚していないような男で、恋愛には無頓着な男なのよ。

 壁ドン? そんなワード、康太には無縁じゃない……。

 漫画も読まない。ドラマも見ない。映画も全く興味なし。でしょ?

 流行りの歌も知らなければ、流行りのアイドルも知らない男。

 なのに、どこでそんな情報を仕入れてきたわけ?

 康太は車の整備士で、男ばかりの職場に勤務している。

 男同士で、そんな話をするとでも??

 いつも車の話しか、友達としないくせに。

 私は、まるで妖怪アンテナがキュピーンッと、反応するように、気が付いた。

 お、女のニオイがする!! 誰!?

「……ふぅん」と、私は相槌を打つと、「誰情報?」と、さりげなく、平常心を装って、続けた。

「誰情報って、お客さん」

 それが何? みたいな顔をする康太に、私は直ぐに続ける。

「そのお客さんって、女の子でしょ?」

「ん」

 私の問いかけに、康太は短く、素直に頷く。

 ん、じゃ、ないわよ。

「で、その子はなんて??」

「え? あぁ、なんか壁に追い込んで、ドンッってする行為が、今流行りなんだって言ってた。ドキドキするらしいですよ~って」

ふぅん。

「それで?」

「それで? って……あぁ、うん。だからためにしに、私にやってみて欲しいって、言われただけ」

 …………………は??

 私は、言っている意味がすぐに、理解できなかった。

 サラッと、悪気もなく。

 康太はまるで、今日の朝ごはんはこれでした。みたいな感じで、普通に報告をする。

 だ、だけって……。何?

 だけって、何やね――――ん!!

 私は関西人でもないのに、思わず心の中でつっこみを入れた。

 鈍い! バカじゃないの!?

 この男、また私の知らないところで、誘惑されてる!!!

「まさか、したわけじゃないわよね!?」

 彼女の私だって、まだリアルにされたことないのに!!

 思わずキッと、睨む私に、康太は笑った。

 「まさか、冗談きつい。するわけないよ。出来る男なんて、ナルシストだと思うぞ。自分に自信がなきゃ出来ないね。もしかして、千佳もされたい?」

 されたいわよ! 文句あるの!? 

 「べっつにぃ~!」と、私は思いと、裏腹に返す。

 笑う康太に、笑ってんじゃないわよ! と、思えて、腹が立った。

 ってか、自分に自信があれば、彼女以外にも出来ちゃうわけ?

 私は揚げ足取りな考え方をすると、更に腹が立ってきたので、康太から目を逸らした。

 こんなやきもち、恥ずかしいし、口に出せないけど、でも、ムカつく! ムカつくのよ!!

 ってか、されたい? って、聞かれて、されたい! とか、言えるわけないでしょ!!

 康太のバカ! バカ、バカ、バカ!!

 私は、これでもかっていうくらい、心の中で康太に文句を言う。

 すると、そんな私たちの間に生まれたのは、シンッと、走る沈黙だった。

 明らかに様子のおかしい私に気が付いた康太は、そんな私の名を呼んだ。

「…………千佳?」

 え?

「なによ」

 私は、康太を見ずに返事をする。

 ご機嫌ななめな私は、ツンッとしていた。

「もしかして千佳は、されたことある?」

「あるけど」

 夢の中で、康太にね。

 むなしい妄想女ですけど、なにか?

 どうせ夢は夢。それくらい、知ってるわ。

「え? いつ??」

 フンッと、答えた私に、突然、康太は真面目な声で、問いかけた。

 え? と、私は顔を上げた。

 バチッと合う、目と目。

 私を見つめる康太は、何故か真顔で、ドキリとした。

 な、なによ、その顔………。

 どうして急に、笑顔が消えてるわけ??

「い、いつって……」と、私は口ごもる。

 なんとなく、ピリッと空気が張り詰めたような気がして、私は後ずさった。

 すると康太は、私との距離を詰めて、私を壁まで追い込んだ。

 ピタリと背中につく、冷たい壁。

 逃げられない状況。

 逃がさないというような、康太から感じる圧力。

 なに、これ………。え? なに??

 心臓が、ドキドキしている。

 意味が分からない。

 どうして、こんなことになっているの??

 混乱して、言葉が出ない私を見つめたまま、康太は声色低く、問いかけた。

 「何か、俺に後ろめたい事でもあるの?」

 へ?

 「だから今、俺から目を逸らした??」

 は? ちょ、待って! それ、勘違いだし!!

 「こ、康――――」

 ダンッ! と、康太が私の横に手を伸ばし、壁を手の平で叩いた。

 ドキッと、心臓が跳ねあがり、私の言葉はさえぎられ、近すぎる距離に、私はまた更に混乱する。

 「誰? 誰に、こんな風に、されたの??」

 だ、誰って……………。

 「俺以外の誰に、されたの?」

 こ、こ、康太??

 も、もしかして、やきもち妬いてるの?

 え? ちょ、どうしよう。う、嬉しいんですけど……。

 「なに、その嬉しそうな顔」

 にやける私を見た康太は、イラッとした表情で、その声も、不機嫌だった。

 嬉しそうな顔って、当たり前じゃない。 

 嬉しいよ。嬉しいに決まってる!

 だって、私のこと好きだから、妬いてるわけでしょう??

 私ってば、康太に愛されてる!!

 私はその喜びを、抑えられなくて、康太の胸に、思わず飛び込むように、抱き着いた。

 大好き!!

 「――――っな!? ちょ!! 千佳!?」

 突然の私の重みに、康太はそのまま後ろへと倒れむ。

 私はふふっと、笑って、顔を上げた。

 そして、康太を押し倒したままで、続ける。

 「ねぇ康太。今、やきもち妬いたでしょ?」

 「は?」

 康太は私の問いかけに、怒ったような声を出す。

 なに笑ってんだよ。そう言いたげな顔だった。

 でも、今の私は愛を感じているから、無敵。全然、怖くない。

 「康太だよ」と、私は笑って、告白をした。

 「………………は? 俺??」

 康太は少し間をへて、間抜けな声を出す。

 だーかーらー。もう!

 「康太なんだよ。夢の中で、康太は今みたいに、私に壁ドンしたの!!」

 「は? ちょ…………」

 康太を押し倒し、上から見下ろす私を、康太は驚いた顔で見ている。

 私はニコニコと、しまりのない顔で、康太を見下ろしていた。

 「ちょっと、待って」

 康太は理解する間をへて、そう言うと、直ぐに、私との位置を入れ替える。

 そして、私を見下ろして問いかけた。

 「それって、つまり?」

 ちゃんとした答えを求める康太に、私は見上げて笑った。

 「康太以外にされたことないよ」

 私を見下ろす康太は、気が抜けたような顔をする。

 何よ、もう。康太、かわいい……。

 私はキュンッとすると、思わず笑って、続けた。

 「でも、あれよね」

 「あれ?」

 私の言葉に、康太は首をかしげる。

 私は頷くと、少し照れたように笑った。

 「夢より、今のほうがドキドキした」

 「―――――――っ……」と、康太が黙り込む。

 シンッと、走る沈黙。

 え? どうしてここで、黙るの?? と、さすがに私も、その沈黙が恥ずかしくなった。

 えっと、どうしよう………。

 あ!!

「康太ってば、ナルシスト?? 自信あるんだぁ~ははっ」

 私は、恥ずかしさを誤魔化すために、笑って、康太をからかう。

 そんな私の言葉に、康太はピクリと反応した。

 「は?」と、短く発せられた言葉。

 ドキリとする。

 あれ? なんか私、間違えた??

 ってか、自分で押し倒しといて、なんだけど。

 いつの間にか体勢が入れ替わってるし、なんか、あれ? ヤバい気がする。

 壁ドンもドキドキしたけど、今もすごい、ドキドキするんですけど……。

 は、離れないと……。

 私は、ドキドキを誤魔化したくて、康太から目をそらせると、無理して笑う。

 そして、康太の腕をトントンッと叩いた。

 それは「どいて」という合図。なのに、康太はどかない。

 ちょ、ちょっと、康太??

 「ねぇ、ちょっと、どい――――」

 「どかないよ」

 え?

 私の言葉を遮る康太に、私はドキッとする。

 康太は、私をジッと見下ろしたままで、口を開いた。

 「自信とか、あんまり関係ない」

 「へ?」

 「気が付いたら、してただけだし。ってか、今更この状態から、逃げられると思ってるわけ?」

 はぃ?

 え? ちょ、な、なに言ってるの!?

 康太の意味深な発言に、私の心臓がドキッと、跳ねた。

 ちょ、こ、ここ、康太??

 「夢に見たのが、壁ドンって、可愛いね」

 えっと……、あれ??

 今まで見たことのない康太に、私は焦る。

 「こ、康太??」

 「悪いけど、俺は違う。そんな、可愛いもので、終わらない」

 お、終わらないって、えっと……え??

 「千佳と同じで、俺も千佳のことを、夢に見みることもあれば、想像することもあるよ」

 夢? そ、想像??

 ドキッと、する。

 えっと、ど、どうしよう。

 なんて言えばいいのか、分からない……。

 口をパクパクさせて、言葉も出ない私に、康太は笑顔で続ける。

 「ただ俺の場合、壁ドンだけじゃ終わらないし、満足しない。意味、分かる?」

 っな! な、なに、それ!!

 カァッ! と、私の頬が赤くなる。

 い、意味って、え?

 私と康太はまだ、キスどまりで、そ、それはつまり………。

 えっと…。この体勢は、そういうこと!?

「あんまり俺をからかったら、手加減してやらないから」

 ニッと笑う康太に、私は今日一番に、心臓が跳ねあがる。

 っあぁあ!! と、思った。

 私は、壁ドンの、その後の展開まで、考えていなかった。

 壁ドンの、その後は??

 私の顔が、真っ赤になる。

 いや、別に、康太だし、康太だから、嫌じゃないけど……。

 でも。

 ――――っあぁ……。

 お、お願いだから。

 お手柔らかに、お願いします………。



 +END+







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