紅き月
始まり

『塾の帰りです』




夜の帳が完全に太陽を覆い隠した。


詳しい時間は時計に聞いてみなければ分からないが、子供はお家で夕飯を食べているかお風呂に入っているかテレビを見ているかだろう。

要するに、お外で元気に遊んでいるような時間ではない。



だから、見た目がどんなに大人っぽくても、その背中に背負っているものがランドセルならば、大人は必ず同じ質問をする。



『君、こんな時間に何してるんだ?』



そしてこれは少年が決まって答える、いわば決まり文句で、いわば言い訳。

『塾の帰りです』



きりりとした目を持つ端正な顔立ちの少年が元気良くそう答えれば、大人達は思わず笑みをこぼす。

そして簡単に納得し、ついでにお褒めの言葉までくれるのだ。


『そうかぁ。学校終わってから塾まで行ってるなんて、偉いぞ』



きっと少年は、今夜もこの言い訳を使うに違いない。

なぜなら、そう。


少年は、塾になんて行ってはいないのだから。



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