今夜も隣人に壁ドンする

「大丈夫ですか?」

狭い通路で向かい合い、俺の言葉を聞いて女の顔が今にも泣きそうなのを間近で見た。

「大丈夫です……ちょっと、切っちゃって」

女は手首の包帯が見えないよう右手を体の後ろに隠した。

「いや、怪我もそうですけど……」

「………」

「何かあったら叫んでください。警察呼びますから」

「やめてください!」

警察という言葉に女は慌てた。

「警察なんて……そんなことされたら……」

もっと酷くなる。
女の顔はそう言っているようだ。俺は迷った。関わりたくない。でも今助けないともっと危ない事態になるかもしれない。

「助けてほしいときは誰かに助けてって言った方がいいですよ」

「………」

「俺、最初はうるさいなって思ってただけですけど、何か力になりたいですし……」

「あなたに何が分かるの!?」

女は唐突に叫んだ。

「私だって怖いよ! 助けてほしいよ! 逃げたいよ!」

「だったら……」

「警察呼んでそれで!? 逮捕してもらっても、あの人はいつかまた私を殴りに来るんだから!」

「そんなこと……」

「言いきれるの!? いい、加減、なこと言わないで、よっ!!」

女は取り乱して左手に持った買い物袋を振り回した。

「うわっ、ちょっと!」

袋が俺にぶつかり、袋が破けて中身が通路に散らばる。それでも女は暴れ続け、包帯を巻いた手が勢いよく俺に当たった。

「いって!」

「痛いっ!」

俺は女に押されアパートの壁に背中を打った。女は動きを止めた。怪我した右手が痛むのか、左手で庇いながら泣いて震えていた。

「一緒に警察相談しに行こ?」

俺は俯く女の顔を覗き込んだ。

「もう構わないで!」

< 4 / 7 >

この作品をシェア

pagetop