【壁ドン】先生と教室と私
先生と教室と私
 
「あー、どうしよう。夏休みの古文の宿題まだ提出してない」

「え!?あんた、もう冬休みよ。何やってんのよ馬鹿!」

「えへへっ。私だけまだ夏休み終わってないやー」


今日も危機感が一切感じられない呑気な声で白石侑華は教室へ向かう。
ようやく冬が顔を見せ始め、侑華の肩も少し丸まってしまっている。


「じゃあサンタも今年は来ないわね」

「いやいや、こんな小学生から変わらない心を持つ私をサンタさんは見過ごさないよ!」


自らの低能さを、それも堂々と口にする友人に高崎朝子は哀れみの目を向けるしかなかった。


「何、その目」

「……この国の平和の有り難さを噛み締めてた」


そんな平凡な女子校生も恋をする。
いや、平凡で普通だからこそ恋する。
侑華は期待を精一杯胸に潜ませながら、職員室の前を通り過ぎようとしていた。
わざわざ遠回りをしている事に朝子は気付いても口にはせず、見守る事にしたらしい。


「……っ!!」


想い人の後ろ姿を見付けた途端、侑華は言葉にならない声を上げ、背筋は伸び、目は輝き、頬がみるみると朱に染まっていく。
普段がさつなのが急に女の子らしくなるとこが可愛いのよね、と思い微笑む朝子。
一方侑華は隣で人間観察をされている事など露知らず、衝動のまま駆け出していた。
そーっと相手の背後に迫り、肩をポンポンと2度叩く。
そして相手が振り返る前に人差し指を伸ばすと―――


「先生、おはよう」

「…………こんなイタズラされたの小学生以来です」


驚きのあまりフリーズしていた田中先生が、指が頬に刺さりながらやっと言葉を発した。
まだ驚きが残っているのか、懐かしかった?という侑華の問い掛けにも先生は困った様に笑うだけ。
しかし元々感情が表に出づらく、すごく貴重な先生の笑顔を見れただけでも侑華の胸は一杯になった。
先生のちょっと不細工な笑顔を見れるのは自分だけだと思うと、その優越感とトキメキで一週間は過ごせる。
そうこうしてる間に先生はいつもの鉄仮面に戻り、ある事を思い出した。


「そうだ、白石。まだ夏休みの古文の課題出してないだろ?どこまで終わってるの?」

「あと八ページです……」


浮かれていたら痛い所を突かれてしまったと瞬く間にシュンと侑華の顔が下がっていく。
先生は好きだけど先生が教えてくれる古文はどうしても好きになれない。
先生の好きなものは好きになりたいけれど、どうしても古文は私と相性が悪い。
そんな事を到底主張出来る訳もなくて、ただただ面目丸つぶれだ。


「じゃあ今日中に出せるな。テスト期間に入る前にさっさと終わらせてしまいなさい。待っててあげるから」


落ち込んでいた侑華の感情バロメーターは予想外の最後の九文字で一気に上昇。
高低さありすぎて耳キーンなるわ!と自分のものでも無いギャグで自分にツッコミを入れる程のハイテンションぶりである。
きっと今の私はご主人様に構ってもらえて喜ぶ犬みないな顔を恥じらいもなくしてるだろう。
そんな侑華に呆れたかのようにチャイムが鳴る。


「ほーら、行くわよ」


とうとう痺れを切らした朝子が真っ赤に固まる侑華の腕を面倒臭そうに引っ張って行く。
その様子に先生は目尻を下げて見送り、また先生の笑顔を見れたと侑華の体温はさらに上がるのだった。




「あんな生真面目ロボット、どこが良いのよ。授業も一切雑談なく淡々と進めてさ、眠いったらありゃしない!それだったら椎名先生の方がよっぽど良いわ!」


教室に向かいながら朝子様の説教が始まった。
一切という言葉を特に強調したあたり、寒い廊下で待たされ続けた朝子の怒りが表れている。
ちなみに椎名先生というのは、そのキラキラした名字に負けず劣らずの容姿を兼ね備え、女子校の希望と呼ばれる程の人気教師だ。
椎名名先生をも毛嫌いしている朝子が、それよりも田中先生が嫌いらしい。
そんな世論に多少ショックを受けつつも、侑華はまだ火照りが治まらない体で反論した。


「皆先生のこと無表情って言うけどさ、よーく見てるとちょっとずつ変化してるんだよ!鉄仮面の振りして実は感情が表に出やすいとか可愛いじゃん!この愛らしさが何で分かんないの!?」

「はいはい、その変化が分かるのは精々あんただけよ」

「そう!私だけ!」


嫌味を言ったつもりが逆に侑華の熱を上げてしまい、朝子は本日二度目の哀れみの目を向けたが、田中先生フィーバーに浮かれる侑華がそれに気付く事は無かった。
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