碧い人魚の海

 10 ルビーの決意

10 ルビーの決意


 詰め所は大ホールのある建物の一角にあった。
 どうするつもりか聞きたいといった女の人の説明とは裏腹に、座長は最初から話し合いをする気などなかったらしく、建物の外にルビーを引ったてていって、冷たい井戸の水を頭からぶっかけた。
 足が消えて尻尾に戻ることを期待してのことだったようだが、ルビーは元の姿に戻って見せる気など毛頭なく、つんと顎を上げたまま、無言で澄ましかえっていた。

 確証はなかったが、元の姿に戻ろうと思えば、すぐに戻れると思う。
 ただ、もっと確証がなかったのが、いったん人魚の姿に戻ったあと、もう一度人間に変身できるかどうかだった。足首に嵌ったままのアンクレットがどう作用するのかがわからなかったからだ。
 今のルビーの姿は、アシュレイが命がけで届けた魔法が与えてくれた姿だ。だから、何があろうと陸の上ではとりあえず今の姿のままでいようと、ルビーは決めていた。

「ちょっと座長! ひどいんじゃないの?」
 集まってきたギャラリーの中に、おととい一緒に貴婦人の夕食に行った舞姫が混じっていて、座長に抗議してくれた。
「夏ももう終わりだし、夜は結構冷えるのに。可哀想に、人魚ちゃん、風邪引いちゃうよ」

「これが人魚と言えるか? どこも変わったところのない普通の人間じゃないか。普通の人間の女が見世物になるか?」
 座長は顔を赤黒くしてわめきたてた。
「人買いから大枚はたいて買い上げたんだぞ。あの貴婦人は一体どんな魔法を使ったんだ? ええ? どうあっても人魚の姿に戻らないなら、貴婦人に責任を取って買い取ってもらうしかないぞ、これは」

「がめついね、座長も。この夏で十分元はとったんじゃないの? 人魚の見世物小屋の入場料、めちゃくちゃぼったくり価格だったじゃん。それにあの奥様いつもびっくりするぐらい資金援助してくれてるんだろ。人魚一匹押しつけて、あの人の不興を買うことになったら、そっちの方が一座の痛手になるんじゃないかい?」

「むうう……黙れレイラ。たかが踊り子ふぜいが、生意気な口を利くのは許さんぞ」
 座長はくるりと振りかえって、大声を出した。
「こぶ男だ。こぶ男を呼んで来い。どこで油を売ってるんだあのうすらばかは」

 ロクサムは猛獣の餌やりを中断させられ、ルビーの水槽に溜める水を運ばされることになった。
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