新里さんと桜田くん
お互いに『好き』と言うことはあまりない。
手をつなぐのも『好き』と言うのもハグもキスも、ふと思い出したようにするくらいだ。
私はそれで本当に良かったと思っている。
かわいいなと思って見ている桜田くんが、急に男の子らしくなってドキドキしてしまうから。
もっと見る機会がない桜田くんは私にとっても特別だから、いっそう嬉しくなるんだ。
私たちはお互いのことを『桜田くん』『新里さん』と呼んでいて、下の名前で呼んだことは一度もない。
あと、桜田くんは滅多に笑わない。
いつも眠そうな顔をしていて、気が付いたら机に突っ伏して寝ているなんてことが多い。
それは2人きりのときも変わらなくて、そういう人なんだなと分かったから、私は全然気にしていない。
桜田くんが無表情なのは、火や太陽の光が温かいことくらい、晴れた昼の空が青く透き通っていることくらい当たり前のことだ。
でも友達はそう思っていないようで、たまに彼氏の話になると、みんなが不思議そうに、心配そうに聞いてくるのだ。
「ねえ千晃(ちあき)、桜田とうまくいってるの?」
「どうして?いつも仲良しだよ」
「だって千晃と桜田が学校でしゃべってるとこ、あんま見たことないよ?」
「そうそう、同じクラスなのに、いっつも苗字呼びでなんかよそよそしいし」
「桜田って2人きりのときでもあんななの?嫌になんない?」
「嫌だなんて思ったこと、一度もないよ。
桜田くん、すっごく優しいもん。嫌いになるわけないじゃん」