恋のキッカケ
夢と現実
「私も、壁ドンとか顎クイとかされたいです」

 後輩の仲村ちゃんが雑誌を見ながら言った。

「壁ドンなんかされたいの?」
「え、高木先輩はされたくないんですか?」

 仲村ちゃんは私の目の前に雑誌を突き出して「壁ドン、壁ドン」と連呼する。

「壁ドンね……」

 雑誌を受け取り、見出しを読んでみた。"女子の心を鷲掴み壁ドン"ね、ないわ。次のページを捲ると、最近、駅でよく見るポスターが載っていた。それは壁ドンイベントの案内だ。壁ドンがイベントって、どれだけ人気なのよ。あれ、このポスター、うちの部の誰かが作ったやつかも。

「私は興味ないな」
「ええ、ドキドキしませんか、好きな人に壁ドンされたら。私は妄想だけで大興奮です」
「現実問題、人って、そんなに壁の近くにいないよね。私、今日一日で壁に寄ったのって、廊下で人を避けたときぐらいだけど」
「高木先輩、それは現実的過ぎですよ。そんな考えだと、いつか起こるかもしれない夢のような時間が来ても、気づかずに素通りしちゃいますよ」

 熱弁を奮う仲村ちゃんに雑誌を返し、お茶を一口飲んだ。

「仲村ちゃんはまだ若いから夢を見てても問題ないけど、30目前になると現実からは逃げられないんだよ」

 腕時計を見ると、もうそろそろで昼休みが終わりそうだった。

「ほら、昼休みが終わるよ。戻ろう」

 私たちは回りを片付けて、こっそり使っていた会議室を後にした。
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