最後の日
 相澤の所属する企画部は一つ上のフロアだ。エレベーターから降りて来たのではなく廊下の向こう側から走って来たという事は、非常階段を駆け下りて来たのかもしれない。
 同期入社で研修のグループが同じだった相澤とは、何度も仕事について意見を戦わせて来た飲み友達だ。

「あちこち挨拶して回ってたらこんな時間になっちゃってさ。見て、お餞別にタクチケ貰った」

 中にはここぞとばかりに長々と思い出話に花を咲かせる人もいた。人事の神尾さんなんか入社面接の時の話を始めてしまうし。定時で仕事自体は上がったのにその後の色々のせいで時間を取られ、結局金曜日という事もあって既にどこの部署も人影はまばらだ。

「本当に辞めるんだな」

 私の腕の中の花束を見て相澤がポツリと呟いた。

「そうだよ。まあドクターストップじゃ仕方ないね」

 そう。
 今日私は新卒で入って10年間勤めたこの会社を辞める。

 四年目で営業部に配属されてからひたすらがむしゃらに頑張って来た。仕事は好きで充実していたし、それなりに評価もしてもらった。
 けれどある日突然倒れて入院する事になり。退院後2ヶ月してもう一度倒れて再入院する事になった時、担当医師の勧めもあって私は退職を決めた。
 私の入院中も私の持っていた仕事は他の営業に分担されて滞りなくきちんと回っていた。ショックを受けたわけでも気が抜けたわけでもないのだけれど、それがきっかけで自分を少し休ませる決心がついたのだ。
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