「アオイ様、そろそろ起きませんと…遅刻してしまいますよ?」


なかなか起きない年頃の姫を揺さぶるのは、彼女より6歳ほど年上の城守(しろもり)で剣士のカイだ。


「…う、うん…あと5分…」


「…5分って言いながらもう3回目になりますけど…」


小さくため息をつきながらカイはクローゼットへと近寄り、彼女が纏うであろう学校の制服を取り出すとベッドの傍までもってきた。


それからさらに5分後…


時計を気にしながら、カイはそわそわと室内を歩き始めた。
温めておいたホットミルクや焼き立てのトーストはすでに冷たくなり、朝食を予定していた時刻が大幅に遅れていることを意味している。


(もう食事をしている時間が…)


カイはまだ起きる気配のない姫君を横目で見ながら、足早に部屋を出ていく。

そして、すぐに戻った彼の手にあったのは…冷たいミルクにヨーグルトを混ぜ、ストロベリーのジャムで味を整えた朝食代わりの爽やかな飲み物だった。

それをテーブルに置き、カイはベッドの傍までくると…


「アオイ様っ!!本当に遅刻してしまいますよっっ!!」


眉を吊り上げ、腰に手をあてた彼はやや大きめの声を彼女の頭上から浴びせた。


「…っ!!は、はいっ!!」


寝ぼけた様子の彼女は教師に怒られたと勘違いしたのか、敬語で即答し、驚きにベッドから飛び上がった。

そんな可愛らしい姿にカイは苦笑しながら飲み物のグラスを手渡した。


「おはようございますアオイ様。もう時間がありません。こちらをどうぞ」


はた、と彼と目を合わせたアオイは…


「お、おはようカイ…ありがとう」


見せてしまったであろう恥ずかしい寝ぼけ具合にアオイの頬はどんどん赤く染まっていく。

ゴクゴクとアオイの喉を通る優しい甘味に、徐々に意識が覚醒していき…


「…いま何時っ!?」


「7時50分です」


「…えぇっ!?…どうしようっっ!!」


ガバっとベッドから飛び降り、足首まである寝巻を勢いよく脱ぎ捨て、薄い下着姿のまま扉を隔てた隣りの湯殿へと駆けこむ彼女。


バタバタと足音が響き、すぐに湯に飛び込む水音が響いた。


「これでまた…キュリオ様のカウントが1つ増えてしまいそうですね」


笑いながら彼女が脱ぎ捨てた寝巻を拾い、取り出した大きめのタオルと制服を手に、そのまま湯殿を目指す。


「お急ぎくださいアオイ様。タオルと制服…ここに置いておきますね」


『わかったっ!!ありがとうカイ!』


アオイの返事を確認したカイはそのまま湯殿を出ると、鏡台(ドレッサー)の前で彼女を待つことにした。


やがてドタドタと慌てた彼女の足音が聞こえ…かたちばかりに着こなした制服と頭にはタオル、というなんとも違和感のある恰好でカイの前に飛び出してきた。


「どうぞお座りください。お手伝いいたします」


椅子をひいてアオイを座るよう促すと、呼吸が乱れた彼女は頬を蒸気させ…


「うんっ…簡単にでいいからっっ」


ワシャワシャと乱暴に頭をかき混ぜるアオイの手からタオルを奪い、カイは優しく彼女の髪から水気を拭きとっていく。

そして、艶やかな髪が傷まぬよう…わずかなオイルを手にとり、櫛で優しく整えていく。


「出来ました」


そのふわりと香る優しい匂いに心癒されながら、アオイは勢いよく立ち上がった。


「あ、ありが…」


礼を言おうと振り返った彼女だが、カイはアオイの胸元のリボンが曲がっている事に気が付き手を伸ばした。


一度ほどき、綺麗に結び直してくれたカイはにこりと笑い一礼して下がる。


「いいえ、どういたしまして」


「ただいまの時刻、8時15分でございます」


「ぎゃぁああぁああっっ!!」


悠久の王立高校までは結構な距離がある。
身分を隠し、普通の女子高校生として学校へ通い始めたアオイの交通手段はもっぱら徒歩だ。馬車などで送り迎えなどされてしまっては、あまりにも目立ちすぎすぐに怪しまれてしまう。


そして城中に響き渡ったアオイの悲鳴。


広間では朝食を済ませ、紅茶に口を付けていたキュリオがクスリと笑っている。


ドドドと階段を下り、後ろからついてくるカイが学校の鞄を持ちながらアオイとともに広間へとなだれ込んできた。


「おはようございますお父様っ!!そして行って参ります!!」


広間に足を踏み入れたと思いきや、キュリオの近くまできて一方的な挨拶を済ませ…そのまま彼女は出て行こうとする。


「おはようアオイ。あと2回…忘れないようにね」


「ぐっ…」


アオイの背中へ微笑みながら告げるキュリオ。キュリオとカイ、二人が言っているこのカウントとは"アオイが寝坊して学校に遅刻した回数"の事だ。


元より、学校へ通うことを反対していたキュリオ。彼女の学業については、城の中で教育すればよいことだと常々言っていたのだ。


しかし…年頃になった彼女の懸命なお願いにより"まずは1年、寝坊による遅刻は5回までにおさめる事"を条件に高校への通学が許されたのだった。


まだ通い始めて3ヶ月。すでにカウントは3となり、残りはわずか2回となってしまった。


悔しそうに口元を歪めるアオイはカイから鞄を受け取ると、彼と並走して城の塀を駆け抜けていく。


「アオイ様…馬で送りましょうか?」


「う、ううんっ!!大丈夫!!カイありがとまたねっ!!」


「かしこまりました、ではお気をつけて…っ!」


走るスピードを緩めたカイは手を振りながら彼女を見送る。すると、アオイも一瞬振り向き、せっかく整えた髪に激しく風を受けながら手を振りかえしてくれる。

そして、城へと戻ろうと一歩踏み出したカイだが…すぐに足を止めてボソリと呟いた。


「あ…お弁当…」


見えなくなった彼女の姿を遠目で確認しようとしていた頃、城の中でも…


料理長のジルが、重箱を包んだ風呂敷を抱え叫びまくっている。


「あぁああぁああっ!!姫様の昼食があああっっ!!」


「ふふっ、今日も慌てて出て行ったからね…ちょうどいい。これから学校に用事があるから私が届けよう」


「…キュリオ様が、学校に…ですか?」


キュリオは纏っていた上着を脱ぎ、白いスーツのようなものを羽織り始めると…驚きを隠せずにいるジルの手からずっしりと重みのある重箱を受け取ったのだった―――



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