くまのコップじゃないと嫌だった。

子供が使うようなプラスチック製のコップに、何故かラッパを吹いてるくまが描いてあるコップ。

印刷が禿げてラッパは消えて、あんまり可愛くないくまが口を尖らせてるだけの間抜けな姿になっても、私はそのコップじゃないと落ち着かなかった。

氷を三個入れただけで既に満杯になってしまうような、小さなコップだけど。


プラスチック製のコップが、コツンと机に触れて、そこにオレンジジュースがとくとくと注がれる。


私はこの音が、世界で一番好きなの。


「またオレンジジュース?」

「凄いね、何でわかったの?」

「分かるよ、先に氷を二つ入れてた。麦茶の時は三つで、紅茶の時は入れない」

「凄い! 大正解!」

「オレンジジュースは冷やしたいけど薄まるのが嫌だから二つ?」

「そうなの! かんちゃん凄いね! 私のこと大好きじゃん!」

「お兄ちゃんと呼びなさいお兄ちゃんと」

「鬼いちゃん」

「今どういう変換で呼んだ」

「怖すぎなんでわかるの」


私はくまのコップを持って、彼が座ってるソファーの横にちょこんと座った。

彼は、私のコップに手を添えて、軽く爪を立てて、くまのイラストをなぞった。


「もう何年使ってんだ? これ。いい加減新しいの買えよ。柄禿げてるじゃん」

「いいの! これで! 丁度いいの!」

「バカだなあ~」

「かんちゃん、このイラストどういうのか覚えてる?」

「覚えてるよ。ヒカリがよく使ってた。そうだな、なんかブサイクなくまがちくわ加えてるやつ」

「ちくわじゃないラッパ!!」

「変わらんだろ」

「変わるわ!」

「あれだろ、じいが買ってくれた、あのセンスないコップ」

「そう、本当は歯磨き用のコップだったんだけどね」