手の届く距離
「お待たせしました」

「早いね、ありがと。お腹すいたー」

祥子は待っている間いじっていた携帯をすぐに手放して、大人しく給仕を待っている。

先輩の前に出来たてのアラビアータを献上すると、目の前に置かれた皿に目を輝かせて礼儀正しく両手を合わせていただきますと呟く。

一年もバイトを続けていれば、そんなに珍しい食べ物でもないのに、嬉しそうにフォークを手にする姿に、思わず顔が緩む。

採点する、と言われたので、少し気になりながらも、できるだけ平静を装って俺もペンネを口に運ぶ。

ピリッと辛味が効いたトマトソースにオプションの目玉焼は半熟にした黄身が絡まって、我ながらうまくできたと思う。

先日、家でも覚えた料理を家族に振舞ったら、いたく感動された。

元々、台所にほとんど入ったことのないのに、突然料理をしたことにもびっくりしたんだろう。

もぐもぐと口を動かしながら、祥子先輩は立てた親指と笑顔をこちらに向ける。

評価は上々のようだ。

思った以上に評価を気にしていたようで、ほっと胸をなでおろす自分に笑ってしまう。

家族以外で直接味の評価を目の前で受ける、ということは結構緊張するものだ。

すでに店のお客さんに出してるので、当然プロの味になっていないとおかしい。

こちらに手を伸ばしてくる祥子先輩に、俺は何も考えず、完全に条件反射で先輩の方へ頭を垂れると、先輩も同じように何の違和感なく、わしゃわしゃと髪を撫でる。

祥子先輩とハイタッチをしても、ハイにはならなくて、ロータッチなんて言っていたら、祥子先輩が激怒し、意地悪でハイの高さはここです~なんて届かないところまで手を上げると、「かがめ!」から始まり、「お座り」、「伏せ」に発展。

たぶん祥子先輩より年下の部員はみんな一通りさせられている。

特に嫌な気分にもならなかったので、頭を下げて撫でてもらうのは癖になってしまったようだ。

たぶん先輩が卒業するまで続けていたのは、俺くらいだけれど。

考えたら恥ずかしい気がして、金輪際やめようとこっそり心に決める。

「んーおいしいっ、すっかりプロの味だ。川原の分だけ卵乗ってる。それもおいしそう!」

「作ったモンの特権っすよ。先輩、キッチンに全然立たないですよね。いつも誰かに頼んでる」

「作ってもらった方おいしく感じられるってことを知ってるからね」

わからなくもない理由をあげて、祥子先輩は逸らした視線が泳がせる。

何やら言いたくないことがあるらしい。

先輩はそのまま一口にはやや多い量のペンネを口に詰めて口を塞いでしまう。

昔から先輩はわかりやすい。

隠し事ができなくて、すぐに気持ちが顔に出る。
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