手の届く距離
一足遅れて戻ると、キッチンリーダーに祥子さんが「川原、結構いい腕持ってますよ」なんて褒めてくれていて少しくすぐったく思う。

直接言ってもらうよりも嬉しい気持ちが大きくなるのを、たぶん祥子さんは知っているのだろう。

2番休憩のホールスタッフと休憩交代のためハイタッチをしている先輩が懐かしくてと、もっと話をしたかったと思う自分に小さな罪悪感を抱く。

(由香里ちゃん、ごめんね)

もちろん、嫌いになったりしていない。

大事な彼女だと思ってる。

大学とバイトで手一杯で、この1ヶ月は数えるほどしか連絡していないけれど、ほんとに、そう思ってるつもりだ。

でも、昔から抱いていた淡い気持ちは、どうしても美化されてしまうから。

一瞬、楽しくて儚い思いをくすぐられただけだから。

だから、祥子さんと話したかっただけ。

自分にも言い聞かせる。

手を抜いていたわけではないが、連絡していなかった由香里に、たくさんの言い訳を並べて、祥子さんたちが話していた新しいカフェにでも連れて行こうと決意する。

そういえば、雑誌に期間限定のイベントがあると書いてあった。

興味があれば、それにも一緒に行こう。

きっとそれで機嫌も直るデートプランになるはず。

たぶん。

連絡をする理由も出来て、バイト終わりに必ず連絡することを決め、やっと罪悪感を手放すことに成功し、またキッチンの仕事を引き受けに向かった。



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