手の届く距離

店を出て、広瀬さんと二人並んで駅まで歩く。

離れてはいないが、近くもない距離感。

広瀬さんの両手はポケットに入ったまま出てこない。

手に入れたばかりの称号が自分の積極性に許可を出すが、居酒屋での一件を考えると、自分からの接触は後ろめたさがあった。

黙々と歩く空気に終止符を打つべく、広瀬さんの前に出る。

「広瀬さん、今度の休み、どこか出かけませんか?」

このまま解散しては申し訳なくて、できるだけ明るく笑顔を作る。

楽しい話はたくさん聞いたが、個人的な深い話はあまりできなかった。

次の約束なら、変な空気も払拭できるかと思ったが、一瞬広瀬さんの顔が曇り、困ったような笑顔に塗り替えられるのに、大きな違和感を感じた。

「今日みたいな感じじゃダメかな。店舗業務の日だったら、そんなに待たせることもないだろうし、一日休みってことはないんだ。家に仕事を持ち込むし、いろいろやることもあるからね」

前を遮るように立ち止まってしまった私の体を避けて、広瀬さんは足を止めずに横を通り過ぎる。

日時を理由にされたら学生と社会人の違いがあるので、知らない世界に納得するしかないが、検討の余地もなく、デートを断られるのには首をかしげる。

出不精で出掛けるのが嫌だと思っているのか。

休みを一日一緒に過ごすことが嫌なのかであれば、与えられた称号を疑ってしまう。

そんなに常識から著しく外れているとも思っていなかった考えが通用しないのは、ただの経験不足と処理していいものだろうか。

価値観やお付き合いの定義のすり合わせは徐々にしていけばいいと思ったが、それ以前の問題に一抹の不安を覚える。

慌てて広瀬さんの背中を追いかけて、先ほどより半歩後ろを歩く。

「次、いつ会えますかね」

「心配しなくても、店で会えるでしょ」

前を向いたまま振り返らない顔。

急ぎ足で着いて行かなければならない早い歩調。

名残惜しさを感じない背中に折角盛上げた自信を削られる。

別に四六時中ずっと一緒にいたいと思うわけじゃない。

ある程度、相手のスケジュールは知りたいし、約束を糧に頑張れることもある。

自分の中にある、想われている確証が小さく崩されていくのを止めたくてすがるような言葉が続く。


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