倦怠期です!
そして週明けの月曜日。
朝礼が終わった後、意を決した私は、中元課長のところへ行った。

「・・中元課長」
「なんだ?」
「あの・・・お話ししたいことがあるんですけど。今お時間、いいですか」
「あぁ。いいよ」と課長は言うと、椅子から立ち上がった。

「戸田ー、は出かけるんだよな」
「はい」
「じゃー因幡ー、電話番頼むわ」
「はーい」と返事をした因幡さんの視線を感じたけど、私は極力無視した。

課長は緑茶が入った湯のみとタバコを持つと、「応接室に行こうか」と言ってスタスタと歩き出した。




私は、両親が離婚したこと、お父さんが借金背負っていること、お父さんにお金をあげたことなどを、泣きそうになりながら、どうにか課長に話した。

「うーん・・・なるほど」と呟いた課長は、右手で顎を撫でている。
課長が話を聞いているときのクセだ。

「で、お父さんはすずがここに勤めてると知ってるんだな?」
「はい。お姉ちゃんの勤め先も知ってます。でもお父さんは、お姉ちゃんからお金はもらえないって分かってるから・・・」
「そのようだな。とにかく、二度とお父さんにお金をあげるなよ。おまえにとっては辛いことかもしれんが、これからはお父さんと連絡取らない方がいいだろうな」
「それは・・・はい。そのつもりです」と私が言うと、課長はタバコの煙をフーッと吐いた。

「課長、すみません。こんな・・迷惑かけて」
「そんな風に考えるな。だが、このことは佐藤部長に話しておく」
「えっ!?そ、そんな・・・」
「念のためだ。もしお父さんが会社(ここ)に現れたとき、おまえひとりで対処できないかもしれないだろ?」
「う・・・わたし、みなさんに、迷惑ばっかりかけて、ううっ、やっぱり会社、やめたほうがいい、ですよねっ、ううぅっ」

自分がお父さんに同情してお金をあげてしまったばっかりに、事がここまで大きくなってしまった。
もう二度とお金はあげないけど、お父さんはいつここに現れるか分からない。
会社の人たちに、私の居所を聞いてくるかもしれない。
それが怖いと思う以上に、会社のみなさんに、そんな迷惑をかけることなんてできない、という思いのほうが強かった。

「すず。俺はおまえの上司として、そして13と15の娘を持つ父親として、おまえの危機に対処したい。おまえが会社にとってどうでもいいヤツなら、誰もおまえを守ろうとは思わないぞ。だからこんなことで辞めるなんて言うな。第一、部長も俺もそんな理由で、絶対おまえを辞めさせないから」
「は・・・ぃ、すみませ、ん。ううぅ・・・」

社内で泣くなんてみっともないこと、今すぐ止めたいのに、中元課長の言葉が嬉しくて、なかなか涙が止まらない。

「部長には話すが、このことは表沙汰にはしない。それは約束する」
「ん・・ありがとう、ございます。ぅぅ・・・」
「お父さんはここに来るかもしれない。だが俺は来ないと思うがなぁ」
「そ、そうです、か?」
「俺だったら娘の職場に金せびりには来ない。ま、父親のプライドだな。娘たちにはいつまでも“カッコいいお父さん”と思っててほしいから。つまんないプライドだよな」
「・・・たぶん、お父さんも、そう思って・・・」

とぎれとぎれに私がそう言うと、中元課長はウンウンと頷いて、私の頭を優しくポンと叩いた。

「じゃー俺は出かける。落ち着いたらおまえも仕事に戻れよ」
「は、い」

中元課長って、実のお父さんよりも私の「お父さん」みたい。
でも課長は、私の「職場のお父さん」みたいな人だもんね。
有澤さんも言ってたように、中元課長を頼ってもいいんだよね。

事が大きくなってしまって、正直どうしようと焦ったけど、有澤さんたちに話したことで、私の心はとても軽くなった。
不必要に抱えていた重しがなくなったような気もした。

さぁ、私も仕事に戻ろう!泣いてる場合じゃないよ!
と自分にカツを入れつつ、応接室を出た私は、まず灰皿を洗いに、給湯室へ行った。

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