GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 リビングに移ろうよという真由子の言葉に従って、2人は階段を降りて、居間のカウンターテーブルに移動した。

 いつのまにか戻ってきていたパパが、車のキーを片手に、もう一度上着に袖を通そうとしているところだった。何処に行くのかを真由子に見咎められたパパは、母さんから電話があったから駅まで迎えに行くと答えて出て行った。パラパラと雨が降り始めていた。

 真由子は美奈子のためにホットココアを入れてくれて、自分のためにはドライベルモットとワインを使った自家製カクテルをつくって、美奈子の隣に腰をおろした。


 真由子の高校時代の話というのは意外にヘヴィなもので、当時桜井知明とつきあっていた女の子が妊娠したというものだった。そこまでは、よくあるとまでは言わないが、まったく聞いたことのないような話でもない。

 高2の夏休みの半ば頃、電車で30分ほども離れたところに住んでいる同じクラスの男子生徒がふらりと真由子を訪ねてきた。彼は、見知らぬ小柄な少女を連れていて、それが当の彼女だった。
 近くの喫茶店にでも、と誘われたが、2人の様子がなんとなく深刻そうだったので、真由子は彼らを半ば強引に部屋に上げた。

 少女は真由子たちと同学年で、知明と同じ中学の出身だったが、今は違う高校に通っているということだった。2月ほど前、模試会場で知明と少女は偶然再会して、詳しいいきさつは聞かなかったけれども、とにかく2人はつきあい始めた。

 高校1年のとき知明と同じクラスだった真由子だが、知明は真由子にとって、どちらかというと苦手なタイプだった。頭脳明晰でクールな優等生のイメージの陰にある知明の不遜さや傲慢さが、真由子は気に障ってしかたがなかったのだ。

 途中で家が隣同士になったこともあって、病欠などの際に必要事項を連絡しあったりプリントを届けたりという役割を担わされていたが、電話を掛けるたびに尋問口調で報告を要求する知明の母親も苦手だったし、必要最低限の用事以外でかかわりたいと思ったことなどなかった。

 知明は女子の間ではそこそこ人気があった。バレンタインには同級生ばかりでなく上級生がわざわざチョコを
渡しに来た。しかし知明は、誰が来てもチョコを突っ返していた。それがどんなに可愛い子でも、美人の先輩でも、彼には関係ないらしかった。
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