GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
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 進学塾の帰り、ママは琴子といつものように外でお昼を食べて、そのあと予約していた美容院に琴子を連れて行ったそうだ。
 少し早く着いたものだから、待合席で予約の時間を待っていたら、パパから電話があって、琴子を置いて家に戻らなければならなくなった。ママはそう説明した。

 知明が友人らしき何人かと軽トラックに引越しの荷物を積み込んでいるところにママが戻ってきたのをちょうど目撃していた美奈子は、パパからの電話というのは知明のことだったのかもしれないと思ったが、琴子のママは詳しい話はしなかったし、直接琴子に関係のないことで、立ち入ったことを聞くこともできない。

 ママは美容院に料金を払って、琴子にタクシー代を渡し、済んだらお店の人に車を呼んでもらって、自分で帰ってくるように言った。
 だが、琴子は戻ってこなかった。

 あまりに帰りが遅いので、心配になったママは美容院に問い合わせたが、とっくに店を出たという。

 タクシーを呼んでくれたというスタッフにタクシー会社を確認して、そちらにも問い合わせた。センターの記録から少女を乗せた運転手はすぐにわかったが、そのタクシーは、彼女を最寄りの駅で降ろしたらしい。

 ええ、間違いないです。センターの係員は答えた。そのタクシーは続けてすぐ、別の客を乗せて賃走しています。ドライバーにも直接確認しましたし、間違いありません。

「一体どうしちゃったのかしら、琴子ちゃんは」

 電話の向こうの琴子のママは、おろおろした声でそう言った。

「おとといの晩から様子が変なの。妙に反抗的だし、美奈子ちゃん、何か心当たりない? 誰かに会いに行ったのかしら? もし何か知っていたら、なんでもいいから教えて」

 切羽詰った調子で聞かれ、黙っている場合ではないと美奈子は判断した。おとといの出来事をごく手短に話す。梅宮紀行と名乗るS高校の制服を着た少年に声を掛けられたこと。琴子も自分もその少年に面識はなかったが、向こうは琴子のことを知っているようだったこと。

「梅宮ですって! まあ、なんてことかしら」

 琴子のママは尖った声でそう言ったあと、不安げに声の調子を落とす。

「わかったわ。そういうことだったのね。でも……だとしたら琴子は……まさか、そんな……」
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