くたばれクリスマス

俺たちが勤めているのは、東京の片隅にある従業員がたった5人のちいさなジュエリー工房だ。


俺は大学卒業後、商社の営業職を経た後、小学校来の友人でありジュエリー作家をしている坂井亮介に誘われ一緒にこの『ジュエリー工房 a.q.e』を立ち上げることになった。


俺は主に展示会や販売会の企画や売り込み、社長を含め3人いるジュエリー作家の納期や製作を管理する業務で、美雪は喧伝とネット注文の処理なんかが担当だ。

美雪をウチの会社に呼んだ当初は俺のアシスタントなんかをやらせていたけど、美雪は社長の亮介に美大出身のセンスを買われて、喧材用のグラフィックやホームページの作成、そこに掲載するジュエリーの物撮り、果てはパーツモデルまで務めるようになった。


少数精鋭と言えば聞こえはいいけれど、ようは人手と予算が限られているから外注なんかに出せないわけで、誰もがあれもこれも慣れない仕事をいくつも抱えなくてはならなかったのだ。


美雪も入社当時はデスクワークが中心だったけれど、センスなんてからっきしない俺が亮介たちの作品の物撮りに四苦八苦していると、それを見かねて俺の代りにカメラを扱うようになった。

「カメラなら在学中にすこしいじったことがあるから」と言って、美大時代の教本をひっくり返してそこから独学を重ねて、ついにはライティングもスタイリングもレタッチもこなす、1人4役のウチの立派なカメラマンになった。


今では美雪は他に替えがきかない、『a.q.e』にはなくてならない戦力だ。少なくとも俺には、美雪がそれを“重圧”ではなく“やりがい”だと受け止めているように見えていた。だから辞めたいだなんて言葉は本気には思えず、


「ざけてるよな。社長はとっととデートにシケ込んでるのに、従業員にはクリスマスにまで残業させやがるし。俺もたまに亮介のこと、マジで土足で蹴っ飛ばしてこっから逃亡してやりたくなるわ」


そう言って半笑いで話を流そうとした。


けれど今日の美雪はいつものように笑わない。わずかに固くなった声で、それでも淡々と告げてきた。



「------私ね。お母さんに『もう地元(こっち)に戻って来たら?』って言われたんだ」



美雪は冗談を言ってる雰囲気じゃない。思わず、まだ吸い差しだった煙草を捻り潰す。



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