LOVE SICK

蜜月は閉ざされた世界の中で

「いやぁ……もう……担当者の名刺見た瞬間驚きすぎて笑っちゃったよ」


目の前に座る彼はこんな面白い事は無いと言わんばかりに、涙さえ浮かべて笑っている。
端正な顔をくしゃくしゃにして……
勿体無いな、と心の端で思ってはいたけれど、そんな事より私に対する失礼な行動への憤りの方がずっと大きいに決まってる。


「先に電話でもメールでもしてくれればよかったじゃないですか!」

「るうがどんな顔するだろうと思ったら……楽しくなって来ちゃって。鈴木さんの上司から無理やり仕事奪って来ちゃったよ」


私が不機嫌に喰って掛かってもどうだっていい様だ。
笑いを堪えるつもりは無い祐さんは、ご丁寧に目の端を拭う仕草迄見せてくる。

高層マンションの一室で、そんな男の人を目の前にわざとらしく大きな溜息を吐いた。


「大体、顧客のエリマネ呼び出すとか……! 私有り得ない事してるんですけど!」

「“うちで働いてくれる契約社員がどんな環境の会社から来てるのか、この目で一度確認してきたい”って、もっともらしい事言って来たから大丈夫だよ」

「もう! 祐さん完全に楽しんでたでしょ!」


私が拗ねた様にしか聞こえないだろう発言をすれば、彼の表情はもうお決まりの優しげに瞳を細める微笑に変わる。


「るうもちゃんと働いてるんだなぁと思うと嬉しくなっちゃって」


いや。今はいつもよりからかう様なイタズラっぽい色がにじみ出ているのは見逃せない。


「又子供扱いする!」


私がムキになれば余計に楽しそうに笑われた。
それからまだ隠しきれない楽しさをいつもの優しさでコーティングしようと努力して、「るうが好きなトマトのパスタ作ったから、機嫌直して?」とかなんとか言い始めたのは如何なものか……

自分が散々からかったくせに……


「……」


けれど目の前に差し出されるのは祐さんお手製のパスタは余りにも私のツボをついていて……

無言で睨み付けてるつもりなのに喉が鳴る……
それに又クスリと笑われた。
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