恋宿~イケメン支配人に恋して~



『渋川、渋川ー』



停まった電車とアナウンスに、赤いキャリーバッグを転がし駅へと降り立つ。



改札を抜け目の前に広がるのは、東京と比べるとやはり地方といった雰囲気の漂う、緑の多い市街地。

初めての土地の空気を吸い込み、目の前のバス乗り場から目的地へ向かうバスに乗り込んだ。



東京から2時間ほどをかけて、やって来たのは群馬県の渋川。目的はそう、かの有名な温泉地である伊香保温泉だ。

パンフレットを見て決めたのは、箱根でもなく草津でもなくあえてここ。昔ながらの景色や雰囲気が、すごく気に入ったから。



大正・昭和を感じさせるような情緒溢れる石段街に、それを囲む自然。源泉湧き出る温泉旅館……どれも素敵で、すぐに決めた。オフシーズンということもあって、旅館の空きも多かったし。



考えるうちにバスは市街地を抜け、やって来たのは有名な石段街のある山奥の更に小さな山の向こう。緑の中にひっそりと、けれど存在感充分に建つ、大きな温泉旅館。

四階建ての白い壁に茶色い木製の格子窓がずらりと並ぶ、大正ロマン溢れるレトロな建物。

コの字形になった正面にある、小さな入り口に下がったのれんに『新藤屋』と書かれたそこが、私が今日から一ヶ月間泊まる宿。


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