後日、アキは中野の取材補助として都内のホテルにやってきていた。

編集部員である以上、伊達圭介の取材だけにつきっきりでいる訳にもいかない。




「だからね、僕が描こうとしている世界というのは…」



某ホテル、スイートルームの一室。

大げさな身ぶり手ぶりを交えつつ、『僕の世界』という題目で熱弁を奮っているのは、伊達と同じ年代の日本画家である。
彼も、伊達と同様に『月刊キャンバニスト』の新企画で取り上げられる予定の人物だ。


しかし年が若い割に出ている腹は、ソファにどっかりと腰をかけていると余計に目立つ。


スイートルームでの取材は、無論、日本画家の彼がご所望したものである。


ただ取材をするだけにはもったいないほどの広さ。

品良くまとめられたインテリア。

靴が沈むんじゃないかと思うほどにフカフカのじゅうたん。


部屋が立派だからこそ、彼のでっぷりした腹は余計に滑稽に見える。


中野はメモを取りつつ、営業用の笑顔で目の前の画家に言った。


「なるほど…。小河原先生の制作への意気込み、こちらも勉強になります」



『こちらも勉強になります』。

このフレーズは、コメントに困るような話の相槌として、とても便利なものだ。

アナウンサーが、食レポートに困るようなものを食べた時に『わあ、お酒に合いそうですね』と言うのと同じ。



しかし小河原という日本画家は、中野のおべっかに満足そうに笑い声をあげる。


彼が着込んでいるスーツの布地はテラテラとしていて、傍目でも高級ブティックで仕上げたのが分かるほどだ。



「だろう?まあ、僕の精神論を理解出来る人間も、そうそういないんだけどね」


小河原の『制作に込めた想い』論は、最近受賞した作品の概要から始まり、

制作の初めに必ず行う願掛け、

幼い頃に衝撃を受けた出来事、

ニーチェの哲学論にまで及び、ぐるっと回って一周し、そして再び制作にかける想いまで風呂敷を広げていた。


これがかれこれ1時間である。



アキは中野の後ろで、カメラを構えつつ欠伸を噛み殺していた。



小河原は気付かないものの、話を聞いている中野もその中だるみな雰囲気を察したらしい。

わざとらしく自分の腕時計を見つつ「あー」といかにも残念そうな声を上げた。



「そろそろお時間が近づいてきてしまいましたね」

「んん?そう?」

「では先生、最後に作品に対する想いをお聞きしたいんですが」


「うーん、そうだねぇ…」


小河原がそれらしく腕組みする。

黒々とセットされた髪は、どことなくカブトムシを思わせた。




「僕にとって絵を描くということは、自分自身の想いを外に吐き出すことだからね。
そこに何かを感じ取ってくれればいいが、
まあ、別に僕の絵が分からない奴には分からなくていい、って気持ちで描いているよ。はは」




中野の乾いた笑いで、取材は終わりを告げた。

アキは愛想良く、カメラのファインダー越しに「では写真をお撮りしますね」と笑う。


一応、きちんと取材補助の役目は果たさなければいけない。




カメラで四角く切り取られた小田原は、ネクタイを正した。



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