砂糖漬け紳士の食べ方


シャンパンチェアを事務机内にしまっている間、アキはひたすらに記事の仕上げに奔走した。


原稿の締め切りは、刻々と近付いている。

膨大な量の仕事は、伊達からの意味深なセリフを打ち消すのにちょうど良かった。



伊達の展覧会公募はかなわなかったものの、それでも前号の雑誌に『独占取材』と大々的に予告を銘打っている以上、それに見合う内容を仕上げなければならない。



「桜井、このレイアウトはボツ。もっと目を引くように作れって前から言ってんだろ」



編集長から無下に原稿を渡されても、アキは唇を噛み締めて、何度もパソコンに向かった。


「いい記事を書きます」と豪語したからには、その宣言どおりのものを書きたいが

それはやはりプレッシャーとなって彼女に重くへばりつく。



隣の席だから気付くのか、それとも女性特有の観察眼なのか、綾子がとうとうアキの顔色の悪さに言及した。



「先輩ー、大丈夫ですかぁ。最近、クマ酷いですよ」


綾子は買い置きしているサプリメントを彼女へ手渡そうとするも、キーボードを叩き続ける彼女の雰囲気はそれを受け取るものではなかった。


「大丈夫」

「大丈夫ってー…」


言いながら、アキは寝不足でシパシパと痛む目を擦る。


絵を搬入出来なかったトラブルは、編集長の厚意により不問とされた。
しかし、本来公募しているはずだった展覧会での記事の空白は、その分を文字で補わなければならない。


綾子の手は展覧会の取材を進めながらも、アキを心配そうに横目で見つめる。


隣からの視線を無為に受け流すのも辛くなってきた頃、一本の外線電話がけたたましく卓上で鳴り響いた。

綾子の干渉を流す好機とばかりに、彼女はそれを率先して取った。




「はい、編集部桜井です」


『受付です。桜井アキさんへ、ダテケイスケさんという方がお見えになっております』



その名前は、まさに仕事一色の今の脳内に思いつきもしない人物だった。




「えっ…分かりました、今向かいます」


アキの驚きの声に、電話へ綾子が視線を寄せる。



「ごめん、私ちょっと下に行ってくるね」


そして受話器を投げるように置き、飲みかけの栄養ドリンクをそのまま放置し、彼女は靴を半履きのままエントランスフロアへと走り出した。


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