鬼部長と偽装恋愛はじめました
部長に連れられていった場所は、マンションの最上階、五十二階だった。

「部長って、最上階に住んでるんですか⁉︎」

「そうだよ。いちいち驚かなくていいから、さっさと中に入れよ」

「はーい……」

驚くなと言われても、フロアも玄関の床も大理石だし、ビックリするのも当たり前だと思うんだけど……。

靴を脱ぎ、廊下を歩いている途中で、すれ違いざまに、業者の人から「終わりました〜」と声をかけられた。

「えっ? もうですか? ドレッサーと衣装ケースしかないんですけど……」

「ああ、それは破棄で伺ってます。それでは、失礼します」

さっさと出て行くお兄さんたちの後ろ姿を、放心状態で見つめる。

食器類もなくなり、ベッドすらない。

「たぶん、香奈美のお母さんとしては、オレたちが本当に付き合ってるなら、必要ないだろって言いたいんだろうな」

部長はいつの間にか、私の隣に立っている。

弱々しく見上げると、部長は平然とした顔で私を見た。

「とりあえず、しばらくはおとなしくした方がいいな。帰りたくないんだろ?」

「そうですけど、でもそれじゃ部長が……」

「いいよ。そもそも、お前の頼みを引き受けた時点で、オレにも責任がある。だから、お前も諦めろ」
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