年下ワンコとオオカミ男~後悔しない、恋のために~
取り残された私は一人、カップの中身を見つめながら、考える。


ハーブティなんて小洒落たもの、あの年頃の男の子が持ってくるなんて考えにくい。友達が来ることはよくあるみたいだけど、女の子の友達でもいるのだろうか。でもティーバッグを持ち込むなんて、頻繁に遊びに来る関係じゃない限り、普通しないんじゃないだろうか……。


誰が置いていったか、一番無理がない説明がつくのは一人しかいない。


――彼女。


何度も食事に付き合ってくれて、その間全く誰かと付き合ってるなんて話出なくて、だから勝手に彼女なんていないと思い込んでいた。

私が店に顔を出すと、いつも嬉しそうに名前を呼んでくれるから、勝手に好意を持ってくれていると思い込んでいた。

いや、確かに好意は持ってくれているんだろう。
でもそれはあくまでカットモデルとして、手を加えていない髪の毛の持ち主として、未来のお客さん候補として。

今まで、彼女の有無を確認するというものすごく基本的な作業をしなかった自分が、とても恨めしく思える。


大輔くんは彼女がいるとは言ってないけど、いないとも言ってない。


言ってたじゃない、カットモデルと食事に行くなんてよくあることだって。
そういえば辻井さんも、あのモデルの子とえらく仲が良さそうだったし、美容師さんにとってモデルって、とても近い存在なのかもしれない。それは同僚に近い感覚で、だから普通に食事なんかにも行くのかもしれない。


特別な存在になれたような気がする、なんて、何を思い上がっていたんだろう、私は。


あんなかわいくて優しい将来有望な男の子が、もうすぐ三十路の年増女を異性として相手にするなんて、冷静に考えたら有り得ない。
ここで裏切られたような気持ちになるのは、私の思い上がりだ。大輔くんはあくまでカットモデルとして、すごく大切に扱ってくれている。それで十分じゃない。


大輔くんが好きだ、とそうはっきり気付いたその日に、きっと彼の気持ちは自分に向かない、ということにも、気付いてしまった。


ハーブティを飲み干して、ベッドに潜り込む。

その布団からも大輔くんの香りがして、私はなにも考えないように、ぎゅっと目を閉じた。
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