「信っじらんない」


その日の夜、私の愚痴を聞く役として、めでたくいきなり呼びつけられた哀れな親友の音無瑞香(おとなしみずか)は、グラスに残ったビールをぐいっと飲み干してから、そう呟いた。

「そうでしょ、有り得ないでしょ? 

私が資料室にいるのを知ってて、わざとその前の給湯室で抱き合ってるなんてさ。あのキスのタイミング、絶対絵里ちゃんが気配を窺いながら私が通りかかるのに合わせたんだよ。普段は虫も殺せません、みたいな顔してみんなに庇われてるのに、本性はどんだけ性悪なんだって……」

「私が信じらんないのは、その女じゃなくてあんたよ、沙羽」

日本酒のグラスをちびちび空けながら、不満がたらたら流れ出てくる私の話を遮って、瑞香が呆れたように言った。


「私? なんで?」


当然絵里ちゃんを責めるほうに味方してくれると思ったのに、瑞香から出たのは私を非難する言葉。
心外だと責める視線を返すと、瑞香がどん、と持っていたグラスを置いた。

「なんでそこであっさり二人を行かせるかな。祥裄くんの言う通りよ、もっと感情的になって引き止めなさいよ」

「瑞香だって知ってるでしょ、私がそういうの苦手だって」

「苦手もなにもないの。今祥裄くんと別れる余裕なんてあんたにはない。あんた、自分の年齢わかってるの?」


「……もうすぐ三十ですよ」

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