――水曜日の夜九時、店に来てください。


彼に言われた通り久しぶりにこの道を通って、あの泣き崩れた場所からお店を見上げる。あの日と違って晴れていて、時間も早い。人通りもまだそこそこあって、ガラスにこそスクリーンが下ろされているけれど、店の内部からは明かりが漏れ出ている。

この長ったらしい黒髪のせいか、カットモデルになってくれませんか、という誘いは、街を歩いていると意外とよくかけられる。モデルと言っても要は練習台で、先輩の指導付きで練習で切らせてもらう代わりに、カット代は要りませんよ、というものらしい。今の担当の美容師さんによれば、私の髪は練習台にするにはもってこいなんだそうだ。
もちろんいつも断っていたけれど。


『Noble Hair ジュニアスタイリスト 
黒川大輔(くろかわだいすけ)』


もらった名刺を何度も何度も見返した。
店のロゴを配置して、あとは文字だけのシンプルな名刺。裏には簡単な地図と電話番号。

そして、手書きで書かれた、個人のものと思われる携帯番号とメールアドレス。

ただ単にわからないことがあればここに連絡しろということだろうか。別に個人的な深い意味はないんだろう、きっとない。ただ私が深読みしているだけだ、うん。

黒川大輔、という文字を何度も目で辿る。

大輔くん、か。
なんとなくやんちゃそうなイメージがピッタリかも。

いやいや、下の名前で呼ぶなんて図々しい、ちゃんと黒川くん、と呼ばなければ。

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