「沙羽さんっ!?」


とぼとぼ歩く私の後ろから、大輔くんの声が聞こえた。

振り向くと、驚いた顔の彼が二階から駆け下りてきて、私に向かって走って来る。



「沙羽さん、どうしたんですか? そんなカッコで、なんにも持たないで……」

「もっかい」


「はい?」



私の前に立った彼が、心配そうに私を見下ろした。

祥裄より少し顔までの距離が近くて、でも体と体の間は遠慮がちな距離が置かれていて。



「もっかい呼んで。名前」


「……沙羽さん?」

「もっかい」

「沙羽さん」



この響きだ。優しく響いて、私を包み込む、ほっとする声。


なぜだか急に涙が溢れてきて、こらえもせずに流れるまま、頬を伝っていくのに任せた。
どうしてかわからないけれど、大輔くんの前なら、泣くのを我慢しなくてもいい気がする。


「えっ、沙羽さん、どうしたの、大丈夫……」


困ったようにおろおろして、手がうろうろと私の体に伸びるか伸びないかのところでさまよっている。

馬鹿だな、こういう時は抱きしめるのが男でしょ、と心の中で思っていると、その手は背中に回らずに、そっと頬を包んだ。


「冷たいよ、沙羽さん……」


指で涙を拭いながら、頬を温めてくれる。

シャンプーのしすぎで荒れた手のささくれが、私の肌をひっかいた。


やっぱり馬鹿だ、女の肌は繊細なんだから……。

でも、その不器用さが、大輔くんらしいな、と思った。


――私、大輔くんが好きだ。


その時にはっきりと、私は自分の気持ちを自覚した。

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