マネー・ドール
 家に着くと、十一時半。妻はまだ帰っていないようで、リビングは真っ暗で、冷え切っていた。シャワーを浴び、歯を磨いて、リビングの電気を消して、部屋にこもった。
明日の資料、作らないと。三十分。三十分で仕上げよう。
PCを開いたけど、眠気が襲った。眠い。どうしよう。もう明日にしようか。いや、ダメだ。やってしまおう。
 眠気覚ましのガムを噛んで、キーボードを叩いた。カチャカチャと、わざとらしいほどの大きな音が、静かな部屋に響く。
Excelの画面に打ち込まれる十ポイントの数字。カチャカチャの音。数字。音。数字。音。
……見えない。数字が見えない。キーボードの上の指に、涙が落ちた。

 俺は、何をしているんだろう。
この十五年……いや、二十年、何をしていたんだろう。そして、これから二十年、何をするんだろう。
杉本も中村も、家族を持った。金はないかもしれない。賃貸マンションかもしれない。でも、家族がいる。ケンカできる、嫁さんがいる。金のかかる、子供がいる。
俺は? 俺には何がある?
 
 もし俺が、歳をとって、ボケちまったら、あいつは俺のオムツを変えてくれるんだろうか。もし俺が失業したら、あいつは俺を励ましてくれるんだろうか。もし俺がハゲて、太鼓腹になったら、あいつは俺と腕を組むんだろうか。
金。金しかない。
俺は、ボケたら介護ホームに入って、失業したら親父に頭下げて、ハゲて腹が出たら……ヅラでも被ればいいか。それは大したことじゃないな。
なんだ、全部、金で解決できるのか。
じゃあ、あいつはなんのためにいるんだ? 逆に、俺はなんのためにいるんだ?

 こんな、息の詰まる、ため息しかでない生活、死ぬまで続けるんだ? 
なんのバツゲームだよ。バカバカしい。

 こんな生活……いつまで続くんだろう……
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