マネー・ドール

「俺と真純は、幼馴染なんや」
「知ってるよ」
「真純の家は、母親一人でな……俺は二親そろとうたけど、親父はチンピラで……おんなじボロボロの長屋に、すみょうったんよ」
なんだよ、そんな昔話で、女を取り戻す気か? 意外とちっせえな、杉本。
「俺らはガキんころから、貧乏で、食うもんものうて、いっつも腹空かせて……泣いたら親に殴られてなぁ。真純の母親は男にだらしねえオンナで、家に男連れ込んでは、真純んことほっぽらかして……オトコに逃げられたら、お前のせいじゃゆうて、一日中でも殴られよった。俺はそんな真純がかわいそうで、公園やら駅やらに遅まで二人でおって、スーパーやら、食いもん屋のゴミ箱あさりよった。俺は男やけ、まだよかったんやけどな、真純は女やのに、サイズの合わん、着古した汚ねえ服着さされて、かわいそうじゃった……」
なんだよ、そんな話……聞かせんなよ……
「俺は中学に入る前くらいから荒れ始めてな、街でカツアゲやら盗みやらして、真純に金渡しとった」
杉本は遠い目で夕日を見た。西の方、故郷の方を見ていたのかもしれない。
「真純は保護施設を出たり入ったりしよってな、中二の時、家に帰ったら、母親の連れ込んでた男に……泣きながら、俺のとこきて、もう家には帰りとうないゆうて……でも、俺はどうすることもできんかった。できんかったから、その男ボコボコにして、真純のこと連れて逃げたけど、すぐ捕まってな。俺は鑑別所で、真純は施設に入って。でも、それで俺らぁは、立ち直れたんよ。真純は施設から高校に行けて、めっちゃ勉強して、東京行くゆうて、奨学金もろうてな。俺は鑑別所から仕事世話してもろうて、住み込みの職人始めて、おかげで東京来てからも、すぐに仕事見つかった」

 杉本と門田真純は、思っていた以上に絆が強くて、過去が重くて、俺はもう……
ムリ。杉本、門田真純は、俺にはムリ。返すわ。てゆうか、返せって言いたいんだろ?
「杉本、真純のこと、マジで好きなんだ」
「そうじゃ。俺は真剣に真純に惚れとる。真純のためやったら何でもする」
杉本は立ち上がって、俺の前に立った。
な、殴られる!
「ま、待てよ、杉本。あのさ……」
ポケットの三十万を出そうとした時、杉本が頭を下げた。
「真純んこと、幸せにしてやってくれ」
は? いや、待てよ。俺はそんな……そこまでじゃ……ねえんだよ。
「あいつは、貧乏から抜け出したいんじゃ。俺はそれ以外のことじゃったら何でもしてやれるが、それだけは……無理かもしれん。俺には、学歴もないし、前科もあるし……東京じゃあ、俺みたいなもんは、なかなかな……」
ていうか、俺にはそれしか無理だよ。
「真純は、ええ女じゃ。大事にしてやってつかあさい」
杉本は涙を、頭に巻いていたタオルで拭いて、軽トラの荷台から小さな段ボール箱を二つ、ベンチに置いた。
「真純の荷物やけ」
たった二箱。二年間暮らして、たった二箱……
「じゃあ、佐倉、頼むな。真純のこと、よろしくな」
杉本は、右手を出した。その手は、冬だって言うのに、真っ黒で、爪の間には黒い油が染み込んでいて、アカギレの絆創膏も、黒くなっていた。
いや、違う……違うんだよ、杉本……俺にはそんな……そんな覚悟は……
固まる俺の手を、杉本は無理矢理握って、俺達は、固く……握手をした。
「わ……わかった……幸せにするよ、絶対……」
「そうか……そんだら、俺も安心じゃ。真純に、幸せになれ、ゆうといてくれ」
杉本はいつものように少し笑って、軽くクラクションを鳴らして、軽トラを出した。

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