教習所から帰ると、電報と書留がきていた。どうやら合格したらしい。俺は合格通知を持って、大学へ手続きに行った。
 学生課はすごい人で、部活の勧誘を鬱陶しく断りながら、手続きを済ませた。東京大学。勉強など、した覚えはない。ガキの頃から頭が良くて、難関中学になんとなく受かり、ずっとトップの成績で、すんなり日本一の大学に合格した。
親父は有名な代議士で、家は金持ち。何不自由なく育てられたけど、俺は次男というだけで、マジメしか能のないイケてない兄貴との差別をヒシヒシと感じていた。兄貴ははっきり言ってバカで、中学も親父の『力』で入って、エスカレートで大学に入り、バカのくせに親父の地盤を継ぐために政治家修行中。
 そう、政治家なんてバカでもできる。だから俺は、バカではできない道を選んだ。公認会計士。金を思うように操る会計士に、俺は憧れた。
 頭脳明晰な上に俺はイケメンで、女にイヤというほどもてた。そりゃそうだろう。金持ちで、次男で、東大で、イケメンなら、もてないほうがおかしい。俺はいつも流行りのブランドの服を着て、最新の髪型で、親父のセルシオを乗り回し、カワイイ子を隣に乗せて、セックスに勤しんだ。

 バイトなんかしなくてもよかったけど、社交性をつけて来いとかうるさいから、塾で講師のバイトを始めた。ここでも俺はモテモテで、派手な女の子達はこぞって俺にすりよってきた。たぶん、ほとんどのコと寝たと思う。女には不自由しない。狙った女は、間違いなく落ちる。付き合うとか、彼女とか、俺にはそんな概念はなくて、惚れるとか、好きだとか、そんなことはどうでもいい。目的はセックス。ただ、それだけ。
 そんな俺の前に、二学期が始まった頃、あの女が現れた。
「門田真純です。よろしくお願いします」
頭を下げた女は、訛りのキツい、田舎丸出しのダサい女だった。同じ学年だけど、俺のほうがチョット先輩。俺と同じ数学担当だっていうから、俺達はセットで講義をすることになった。
 門田真純は頭がいいのか、すぐに仕事を覚え、訛りはあるものの、講義もうまかった。わかりやすいと生徒から評判になり、やる気のない俺のほうが、サブになりつつあった。
 大学は、中堅どころの私立大学で、奨学金で通っているらしい。大人しくて、訛りを気にしているのか、あまり会話に入って来ることもない。ちょっと近寄り難い雰囲気で、都会の大学生には、あまり馴染めていなかった。

「門田さん、歓迎会したいんだけど。空いてる日ある?」
あー、なんで俺が幹事なんだよ。めんどくせえ!
「すみません、私……あんまり遅なれんので……」
はあ? 俺が誘ってやってんのに、断るって? ムカつく女だな! ダサいくせに!
「どうして? 一人暮らしでしょ? ちょっとくらいいいじゃん」
「いえ……私、彼氏の社宅にすんどりまして……門限が……」
え……同棲してんだ! あー、ビックリ。どんな男なんだろう。
「へえ、彼氏いるんだ! どんな人? 写真とかないの?」
「そげなもん、ないです。あの、こんげなこと、言わんでください……」
「なんで?」
 門田真純はそれ以上何も言わず、レポートを書いて、立ち上がった。
あれ? よく見ると…今まで気づかなかったけど、タイトスカートから伸びる脚は細くて、ケツは上がっていて、白いブラウスの胸元はけっこう、いや、かなり膨らんでいる。意外と……いい体してんじゃん。顔も、そんなに悪くない。っていうか、すっぴんでここまでなら、化粧したらかなり美人じゃねえの?
今まで、『すでに』いいオンナにしか興味がなかったけど、俺好みに変えるってのも、おもしろいかもな。あ、これって光源氏的発想か? ヤバイヤバイ。何考えてんだ、俺?
「お先に、失礼します」
門田真純は、小さな声で挨拶して、職員室を出て行った。
そして俺は、歓迎会を断られたことをみんなにいじられ、レポートを適当に提出して、不機嫌にタイムカードを押して、職員室を出た。

 外に出ると、先に出たはずの門田真純が、まだビルの前でぼんやりと立っていた。
何してるんだろう。もしかして、俺を待ってたとか?
「ねえ、門田さん、送ってくよ」
俺は興味と下心から、なんとなくそう言ったけど、門田真純は気まずそうに俯いた。
「あの……」
何か言おうとした時、反対側の車線に軽トラがハザードを出して止まった。そして、軽トラの窓が開き、中から男が手を振った。
「真純!待ったか!」
門田真純は軽く会釈して、軽トラへ走って行った。ああ、カレシを待ってたんだ。軽トラに乗り込む前に門田真純はもう一度俺に会釈し、運転席の男も、俺に会釈した。顔はよく見えなかったけど、笑っていたような気がする。
軽トラは軽くクラクションを鳴らして走り出した。なんだよ、なんか、振られたみたいになってんじゃん、俺。あんな軽トラやろうに、負けてんじゃん。
クサクサしながらセルシオに乗り、門田真純の体を思い出した。
マジていい体だったよな……ていうか、アイツら、同棲してんだよなぁ。てことは、今から一緒の部屋に帰るわけだ。で……やるんだよな、やっぱり……ヤバイ、ちょっと興奮してきた。え? 俺があんな地味な女に? マジか? あー、イライラするぜ。なんなんだよ、一体!

 それから門田真純を何度かメシに誘ったけど、一向に応じる気配はなく、講義が終わったらレポートを書き、そそくさと帰っていく。
はあ、なんでこんな女に、俺は拘ってるんだ? 自分で自分がわかんねえ!

 冬休みに入り、冬期講習会が始まった。バイト講師も朝から晩まで教室にカンヅメになる。俺は風邪で二日間休んでいて、すっかり出遅れてしまっていた。
昼休み、バイト講師達は連れ立って隣の喫茶店に昼飯を食いに行く。
「あれ? 門田さん、誘わないの?」
「ああ、お弁当なんだって」
一人になった職員室で、門田真純はデスクで弁当を広げていた。へぇ、弁当とか、作るんだ。

「門田さんね、毎日カレシのお弁当作ってんだって」
ニヤニヤしながら俺にそう言ったのは絵理子。夏あたりに一度『ホテルデート』した記憶がある。
「そうなんだ」
「いいよね、なんか。ラブラブなんだよね、きっと」
ラブラブ……なぜか俺はイライラして、無造作にタバコに火をつけた。
「門田さんのカレシって、どんな感じなんだろ」
「田舎から出てきたんだろ? 絶対田舎クサイ、ダサい奴だよ」
あの時も訛ってたしな。
「まぁ、確かに、門田さんも……ダサいもんね。なんか、イケてない。一緒に遊びに行くとか、ちょっとないよね」
そんな言い方……普段は仲良くしてるくせに、女って残酷。絵理子の言葉に同じテーブルの奴らがクスクスと笑った。俺も笑ったけど、内心は穏やかじゃなくなってた。なんでかわかんないけど、門田真純がかわいそうだった。

 翌日から、俺も職員室で昼メシを食うことにした。
「採点、残ってんだよ。中で食べるわ」
なんで、この俺が言い訳しなきゃいけねえんだ?
コンビニでおにぎりを三つ買って、職員室に戻った。
 職員室には、女子中学生が何人かいて、門田真純と盛り上がっていた。ふぅん、生徒とは喋るんだ。結構、笑うと……カワイイじゃん。
「おーい、お前ら。今は先生も昼休みなんだよ! ほら、教室帰れ!」
ガキどもは、えー、佐倉ってムカつくよね、と言いながら教室へ戻って行った。俺は女子講師にはもててたけど、生徒には全くもててなくて、なんなら嫌いな先生ナンバーワンに毎月に輝いている。
「佐倉くん、今日は食べに行かないの?」
「え? ああ、採点残っててさ」
あ、また言い訳……何緊張してんだ、俺?
門田真純は弁当を広げた。オカズは卵焼きとウインナーとブロッコリー。俵型のおにぎりが並んでいる。
「弁当、つくってんでしょ?」
「え、ええ……節約しないといけんし……」
「ねえ、卵焼き、ちょうだい」
「え! お、おいしくないけえ、たぶん……」
黄色にキレイに巻かれた卵焼きは、塩味で、ダシが効いてて、はっきり言って、うまかった。
「おいしいじゃん」
「そ、そうかな……」
門田真純は真っ赤になって俯き、ウインナーを口に入れた。なんか、エロ……て、俺は何を考えてんだ! でも……ちょっと、マジで、欲情する。
隣で黙々と弁当を食べる門田真純が、軽トラ野郎とセックスする姿を想像する。口に入れる箸が違うもんに見えてくる。門田真純はどんな顔で軽トラ野郎に抱かれるんだろう。どんな声を出すんだろう……
「あの、佐倉くん?」
はっ! 完全に妄想の世界に入ってた!
「いやぁ、門田さん、いいお嫁さんになるだろうなって思ってさ」
「そ……そんなこと……」
「カレシとラブラブなんでしょ?」
門田真純はさらに真っ赤になって、俯いて、首を横に振った。耳や首筋まで赤くなって、俺はもう、たまらなくて、門田真純の手を握った。
「カワイイな、門田さん」
いつもオンナを口説く時は、こうやって耳元で囁くんだよ。ブルガリの匂いと俺の甘い声と、なによりこの顔で……
「デートしたいな、今夜」
こんな田舎娘、イチコロだよ。
「離して」
あれ?
門田真純は俺の手を払いのけるように立ち上がった。
ちょ、ちょっと……マジで? この俺が、あんなイケテナイ、ダッサイ女に振られたのか?
門田真純は上がったケツを向け、給湯室へ行ってしまった。
そうか。わかったよ。お前のカレシはそんなにいい男なんだな? そんなにセックスがうまいのか? イイモンもってんのか? 門田真純、絶対落としてやるよ。何が何でも、軽トラ野郎から奪い取って、俺のモノにしてやる。いいか、絶対に俺に夢中にさせてみせる。夢中にさせて、お前を捨ててやる。覚えてろよ、門田真純!


「悪かったな」
俺の言葉に、妻は思わず俺の顔を見た。
「え?」
「金で、幸せにできると思ってた」
妻はテレビに向き直り、俯いた。

 俺はこの女の横顔が好きだ。長い睫毛、通った鼻筋、ふっくらとした唇。十五年間、ほとんど横顔しか見てこなかった。いや、俺だけじゃない。俺達はずっと、俺達の横顔しか見なかった……見れなかった。
「お前は、俺の金に惚れてたからな」
そう、こいつは、俺じゃなくて、俺の金に惚れていた。最初から、わかってた。それを責めることは、俺にはできない。だって俺は、お前を変えてしまったから。
「だからお前の見た目を変えようと思った」
「変えたよ、慶太の、好きな女になるように」
そうだな。お前は変わったよ。俺好みの『見た目』の女に。最高の見た目の女に。悪魔に魂を売るなんてさ、そんな陳腐なダサい言葉、俺は使いたくないけどな、でも、お前は、魂を売った。悪魔ではなく、金に。お前の目にも脳みそにも心にも、金しかなくなってしまった。

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