二回生のゴールデンウィーク、講師仲間で、川へバーベキューに行くことになった。メンバーは、国語担当の中村、社会担当の直美、英語の絵理子、そして数学担当を降ろされ、理科担当になった俺。中村は直美を狙っていて、俺はキューピッド役を買って出たってわけだ。
「ねえ、門田さん、どうする?」
先輩や後輩はいいとして、同学年の門田真純だけを誘わないのは、さすがに気が引ける。
 門田真純は、少し化粧もし始めていたけど、相変わらず地味で、垢抜けない田舎娘で、あまり皆と打ち解けていなかった。
「奇数になっちゃうしねえ……」
直美と絵理子は、誘う気なんて、さらさらないくせに、どうやら俺達が、もういいじゃん、って言うのを待っているようだった。
 いや、待て。ゴールデンウィークってことは、会社も休みだよな。これは……
「カレシも来てもらえばいいじゃん」
俺の提案に、女二人はあからさまに食いついた。
「それいい! 門田さんのカレシ、どんな感じか見たいし!」
直美と絵理子はニヤニヤと笑っている。明らかに悪意あるよな……二十歳になってもコギャルが抜けない絵理子と違って、直美はいいとこのお嬢様って感じで、金持ちしかいない、私立の女子大に通っている。いつも門田真純を見下した感じで、上から目線が俺は気に入らなかった。
「でも、門田さん、帰省とかするんじゃない? 年末年始も、特訓で東京にいたし」
いつも気遣いを忘れない中村は、家が小さなタクシーの会社をやっているらしく、金持ちでもなく貧乏でもなく、中流家庭の長男。イケメンてわけじゃないけど、普通に優しくて、本気でいい奴で、生徒にも人気で、門田真純はこいつだけには、気を許していた。こんないい奴が、なんで直美みたいな高飛車な性悪女を選ぶのか、俺にはさっぱり理解できない。
「中村、お前、聞いてみてくれよ」
「え? 俺が?」
「門田さん、お前となら喋んじゃん」
情けないことに、俺はあの日以降、思いっきり門田真純に避けられていて、ろくに会話もしていない。
中村、お前と直美の仲、取り持ってやるんだからさ、お前も俺に協力しろよ。
「まぁ、聞いてみるけど……」

 講義が終わった門田真純は、いつものように黙ってレポートを書き始めた。俺達は、気の進まなさそうな中村の背中を、無理矢理押した。

「ねえ、門田さん」
「は、はい」
「ゴールデンウィークさ、なんか予定ある? 三日に、みんなでバーベキュー行くんだけど、門田さんもよかったら参加してよ」
俺達三人は、少し離れた場所から、二人の会話を耳をダンボにして聞いていた。
「予定はないけど……あの、私……あんまり……ごめんなさい……」
空気を読めば、当然だろう。でも、中村、ここは押せ! 俺達は口パクで、カレシカレシと中村に叫ぶ。中村は本当に嫌そうな顔で、首を横に振ったけど、直美の『期待の目』を見て、腹を決めたようだ。
「よかったらさ、カレシも一緒に、どう?」
俺達は息をのんだ。
「いいん、かな……」
「もちろん! 同い年なんでしょ? だったら、みんなで友達になろうよ、ね?」
俺達が言えば嫌味なセリフも、中村が言えば、優しく聞こえる。人格って、大切だ。
「……聞いて、みるね」
やった! でかした、中村! 俺達は三人で悪意満載のガッツポーズをした。

 バーベキュー当日、俺は親父からワンボックスカーを借りて、中村と直美と絵理子と、バーベキューセット一式を載せて、川へ向かった。
 キャンプ場の駐車場には、あの夜俺を置き去りにした軽トラが止まっていて、俺達を見ると、おしゃれとは言えない普通のTシャツにジーンズの門田真純が、食材を持って軽トラから降りてきた。そして、運転席が開き、門田真純のカレシが降りてきた。
えっ?
俺達は一瞬、目を疑った。
「あの、カレです……」
 少し顔を赤らめながら紹介されたカレは、俺達の予想と全く違っていた。
「杉本将吾いいます。よろしく」
 杉本は、百八十超えのガタイのいい男で、まだ五月だっていうのに、小麦色に日焼けして、髪の毛は短い金髪で、眉毛も短くて、『現場のやんちゃなにいちゃん』感を思いっきり醸し出していた。イケメンというより、ワイルド。いや、はっきり言おう。ヤンキー。俺とは正反対、そして一番苦手な人種だ。
 見た目は引いてしまったが、杉本は気さくな奴で、訛りを逆手に場を盛り上げまくっていた。楽しそうに笑う女二人と、ちょっと満足気に笑う門田真純。俺はイライラして、バーベキューの準備を始めたものの、何せ初めてだから、何をどうすればいいのかわからない。
「中村、火、どうやったらつくんだよ」
「え? お前、知らないできたの?」
「わかんねえよ。ああ、携帯で検索してみるか……」
と、携帯を出したものの……圏外! マジかよ! どうすりゃいいんだ!
「ねえ、まだぁ? お腹空いたんだけどー」
一向に進まないコンロの準備に絵理子が文句を言い出した。
「あの、俺、ちょっと見てもいいか?」
杉本はそう言って、コンロを難なく組み立て、炭をおこした。さらに、隣に河原の石で、カマドを作った。
「ちょっと、鍋持って来たんでぇ。おい、真純、薪、もってこい」
門田真純が軽トラからマキを持ってくると、杉本はマキをくべ、火を起こした。
「将吾くん、すごーい!」
直美と絵理子は杉本にベタベタとつきまとい、都会の男二人は、ボンヤリするしかなかった。
くそっ! こんなつもりじゃなかったのに!
俺の予定では、ダッサイ彼氏が、都会の男二人に辱めを受けるという、なんとも浅はかで、バカな計画だったのに!
それなのに、中村ときたら……
「杉本くん、すごいじゃん! アウトドアできる男はかっこいいよな!」
おい、中村、お前、どこまでいい奴なんだよ……お前の狙ってる女まで、この、田舎男にやられてんだぞ!
「田舎もんだけ、こんくらいことしかできんから」
杉本は嫌味なく笑って、門田真純が準備した野菜やら肉やらを焼き始め、カマドでカレーを作り始めた。料理をする二人はまるで、夫婦で、俺はなんとも……完全に負けてんじゃねえか!

 そして、さらなる敗北が俺を襲う。
 その日は五月のくせに夏日で、太陽がめっちゃ暑かった。
「マジで暑いよなぁ!」
ここで、俺の鍛えたスリムな体を見せつければ……
俺は、間違いなくオシャレなTシャツを脱いだ!
バーン! ジムで作ったこの細マッチョ! 門田真純、どうだ? 俺は顔だけじゃないんだぜ?
「あー、俺も脱ぎてえ!」
「バカ、やめなよ、かっこわるいけ」
「ええだが。佐倉くんも、脱いどるだけ」
門田真純は、もう知らんと、目を背け、杉本は黒いダサいTシャツを脱いだ。脱いだ……
嘘だろ!
 絵理子と直美の目がハートに輝く。
 杉本の腹筋は隆々のシックスパックで、真四角の大胸筋、背筋はボコボコで、俺の見せかけ筋肉など、もう、ひとたまりもなく、恥ずかしくて、川に沈みたい……
「ねえ、腹筋、さわっていい?」
「え? ああ、ええけど……」
絵理子と直美は杉本の腹筋やら胸筋をペタペタサワサワと触ってはキャーキャー言っていた。横で門田真純が、ちょっと不機嫌そうに、肉を焼いている。
そうか……そうなのか……あんな体に抱かれてたら、他の男になんか興味ないよな……あの細い体があのマッチョに……エロい……エロすぎる……
「すげー、杉本くん! 鍛えてるの?」
「仕事が、力仕事やけ」
中村……お前まで……はあ……一体このバーベキューは誰のための会だったんだよ……

 後片付けも、俺達、都会の男が、ヒーヒー言いながらやっと積んだ荷物を、杉本は難なく一人で、さっさと車に積んでくれた。
「今日はほんまに楽しかったけ。ありがとう」
杉本は爽やかに笑って、頭を下げて、門田真純と軽トラに乗った。
「将吾くん、また遊ぼうね!」
直美も絵理子も、杉本に夢中で、なんなら軽トラで帰りたいなんて言い出す始末。
「こんな田舎もんでよかったら、また遊んでつかあさい! じゃ、お先に!」
頭にタオルを巻いた杉本は、くわえタバコで、横にはちょっと得意気な門田真純を乗せて、とてつもなく悔しいけど、またそれがカッコよくて、軽くクラクションを鳴らして、山を降りて行った。
 俺は、人生で初めて、『敗北』を感じていた。そして同時に、『嫉妬』も感じていた。門田真純など、その時はどうでもよくて、何が何でも、杉本将吾という男に、男として勝ちたかった。リベンジ、してやる。絶対、リベンジしてやる!
けど……今の俺には、あの杉本に勝てる要素なんてどこにもなくて、親父のワンボックスカーの後ろに、爆睡する女二人を乗せて、隣には、退屈そうにタバコを吸う中村を乗せて、俺達は、都会へ帰った。

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