マネー・ドール

(2)

 佐倉部長が誕生してから二年。次期社長じゃないかと噂されるくらい、佐倉部長は利益を上げ、ビジネス雑誌にも何度か登場するようになった。しかしながら、俺は公認会計士になったものの、先輩の先生方の下で、ヘコヘコ頭を下げ、入社したころと、さほど変わらない生活をしていた。

 日曜日、真純は仕事に出かけ、俺は一人で家にいた。リビングでテレビを見ていると、真純からメールが来た。
『家にいるなら、デスクにある書類の住所をメールして下さい』
どうやら忘れていったらしい。鍵がついてから、真純の部屋に入るのは初めてで、俺はちょっと緊張していた。
 書棚は、インテリア関連の本や、自己啓発本が詰め込まれ、デスクにはUSBが整然と並ぶ。勉強している。そんな部屋。
 USBの隣に、クリアファイルに挟まった書類があった。
これか。
俺は写真を撮って、真純にメールした。少しして、『ありがとう』と一言の返信があった。
 もう少し、この部屋を見たい。
クロゼットにはオシャレなスーツとかスカーフとかバッグが入っていて、引き出しにはダイヤとかルビーとかのアクセサリーが入れてあって、何冊かファッション雑誌が積まれている。デスクの引き出しには、仕事のファイルとかCD-ROMとか、なんかのACアダプターとか、古い携帯とかが入っていた。
何かない。この部屋には、何かがない。
……娯楽。
この部屋には娯楽がない。小説も、音楽のCDも、映画のDVDも、マンガも、エロ本も、ない。
真純は、何が楽しくて生きてるんだろう。友達と遊びに行く姿も見たことないし、電話で長話しているのも見たことない。そもそも、真純には友達がいるんだろうか。
 そして俺は、禁断の封筒を開ける。給与明細。佐倉部長が、いくら稼いでいるのか、知らない。夫婦だからな、見ても、いいだろう。封はすでに切られていて、俺は……中身を広げた。
マジ……か……
見なければ、よかった。そこに印字された数字は、俺の給与明細の数字を遥かに超えていて、何度も見直したけど、やっぱり変わらなくて、見間違いじゃなくて、現実だった。
俺はその現実を封筒に入れ、元に戻し、引き出しを閉めた。
 おそらく俺は、あの事務所で雇われている以上、これ以上の収入は望めない。雇われの士業の給料なんて、たかがしれてる。どうしよう。どうしたらいいんだろう。稼げないなら、俺の存在価値は、もうマイナスになる。ゼロどころか、マイナス。
……独立。
もう、俺に残された道は、これしかない。
< 39 / 48 >

この作品をシェア

pagetop