マネー・ドール
 九月だけど、すっげえ暑くて、でもこの部屋にはクーラーがない。古ぼけた扇風機が、ぶんぶんと回っているだけ。
俺はセックス部屋に座り、落ち着かないので、わかりきった質問をする。
「杉本は?」
「仕事」
「何時まで?」
「定時は六時やけど……だいたい八時とか九時とか」
なるほど。最低でも、六時までは時間があるわけだ。今は……二時か。まだまだ時間はある。
「なんもなくて」
門田真純は麦茶とポテチを出してくれた。
「いただきまーす」
 向かい合って座る俺達は、何を話すでもなく、しばらく黙ってポテチを食った。パリパリと乾いた音と、時折外を通る車の音が聞こえる。
あのタンスにもたれて座る門田真純はいつもと違って、髪の毛がちょっと乱れていて、後れ毛が汗で首筋や胸元に張り付いていて、それがまたエロくて、俺はどうにか隣に行けないかとあれこれシミュレーションした結果、タンスの上に置いてあるティッシュを見つけた。
ポテチの手の油を拭くために、ティッシュを取りに行く。自然。ナチュラル。
俺は立ち上がって、タンスのそばまで行って、ティッシュを取った。
「言ってくれたら取ったのに」
門田真純が見上げる。上から見ると、ヨレヨレのワンピースの胸元から、ブラジャーの中で苦しそうにしている乳肉が見えた。
たまんねえ……
さりげなく、隣に座って、俺もタンスにもたれた。あの夜、杉本がもたれていた場所に、もたれた。門田真純は戸惑った感じで俺を見て、ちょっと離れた。

「この前の花火さ」
この前の『キス』さ。
「どうだった?」
「うん。すごかった」
「そうだね」
門田真純は三角座りになって、俯いた。
「アレ、覚えてる?」
門田真純の、顔が赤くなった。
「……あの……内緒に、してね……」
「うん。当たり前じゃん」
俺は、門田真純のお尻に俺のケツがつくまで差を詰めて、首筋にへばりついた髪を指で剥がした。
「もっかい、する?」
門田真純は俯いたまま、顔を真っ赤にして、
「東京の人は、遊びで、キスとかするんやね」
と言った。
いや……そんな風に言われると……
「冗談だよ。ごめんね」
怒らせちゃったかな。
「やっぱり、遊びなんだね」
え?
「そうよね。私みたいな田舎モン、佐倉くんのタイプじゃないよね」
それ……どういうこと? もしかして、俺のこと、好きなの?
「そ、そんなことないよ」
「私みたいな地味な女は、将吾みたいな、田舎の男が似合っとるよね……」
「杉本、いい奴じゃん」
悔しいけどな。あいつはいい奴だ。
「将吾は優しいし、一緒におったら楽しいけど……」
そうなんだ。優しいし、楽しいんだ。
「なんか、嫌なことあるの?」
「将吾、中卒でね。一生懸命働きよるけど……」
門田真純は、部屋の中を見回した。俺も、見回した。相変わらず、何もない。畳もちょっとケバケバしていて、門田真純の汗ばんだふくらはぎに、イグサのカスがついている。
やっぱ……貧乏が嫌なんだ。門田真純は、優しくて楽しいけど、稼げない杉本が不満なんだ。
「佐倉くんのお父さんって、政治家さんなんやってね」
「え? ああ、まぁね……」
「お金持ちなんよね、佐倉くん」
 俺は……俺は金持ちじゃない。俺の親父が金持ちなだけ。俺の一番認めたくない現実。中卒の田舎モンの杉本は、少ないけど自分で稼いで、こうやって彼女を養ってる。
俺は……親父の金を見せびらかしてるだけ。現に、セルシオに乗らなくなっただけで、ナンパの成功率が一気に落ちた。デートに誘っても、断られまくり。
俺の価値なんて……親父なんだよな。親父の金がなけりゃ、俺なんて……カスみたいなもんだ。
「お金持ちに、なりたいの?」
「……うん。そのために、東京に来たんやもん」
そうなんだ……やっぱり、門田真純は金がほしいんだ……
「佐倉くんみたいな都会のお金持ちの男の子は、どんな女の子が好きなん?」
都会の……お金持ち……俺のタイプじゃなくて、都会のお金持ちの男のタイプ。俺は、門田真純にとって、『都会の金持ちの男』の一人、なんだ。
「そんな男と、つきあいたいの?」
「無理、やよね」
「例えば、俺とか?」
「……うん」
「俺が、金持ちだから?」
門田真純は、答えなかった。
答えないってことは、そうなんだ。金持ちだから、俺とつきあいたいんだ。

 俺は、なぜか、無性にイライラしてきてた。
なんだよ、優しいとか、楽しいとかないのかよ。俺は金だけかよ。俺の魅力は金だけかよ。じゃあ、お前を俺のものにするために、金を出せばいいのかよ。杉本から、お前を買えばいいのかよ。
門田真純はスッピンで、伸びた長い黒い髪で、ヨレヨレのワンピースで、俺の隣で俯いている。
ダサい。貧乏くさい。田舎くさい。そんな女がなぜ欲しいんだろう。わかんねえ。わかんねえけど、お前が欲しんだよ、門田真純! ああ、金なんて、いくらでもやる。じゃあ、お前は何をくれるんだ? 俺のために、何をしてくれるんだ? そのカラダ、エロいカラダ、俺に捧げるか? 俺の性欲を処理しろ。俺に抱かれろ。いつでも、どこでも、俺の言いなりになれ! 正直に言うよ。お前みたいなイケてない女、連れ歩くのは恥ずかしいんだよ。俺の女は、イケてないとダメなんだよ! 
だから、だから……

「俺のカノジョになりたいなら、イケてる女になれよ」

 きっと、それは、間違いなんだけど、その時の俺は、そういうしか、そう言わないと、俺の存在がなくなる気がしてたから、そんなことを、言ってしまった。
「イケてる女?」
「そ、オシャレで、かわいい、俺にふさわしい見た目の女」
「オシャレで、かわいい……それが、イケてるの?」
「そうだよ。俺は見た目重視だから」
ガキみたいな顔で、ガキみたいな、バカ男の発言をした。怒ってくれたらまだよかったのに、門田真純は、俺をじっと見て、うん、と頷いた。
「イケてる女になったら、佐倉くんのカノジョになれるのね?」
「うん」
「わかった。約束だよ」

< 7 / 48 >

この作品をシェア

pagetop