情熱のメロディ

(3)

 「アリア、どうしたの?」
 「ごめんなさい……」
 
 カイがとても心配そうにアリアを覗き込み、アリアはギュッと目を瞑って深く頭を下げた。本当に、どうしてしまったのだろう。

 腕が、指が、思うように動かない。今まで一度もこんなことはなかった。

 アリアが“夢”の例の部分を弾けなくなってしまって、もう1週間以上経つだろうか。楽団やソロの曲は問題なく練習も進んでいるし、楽団でのコンサートだってこなしている。“夢”だけ……あの日、フローラに会ってから“夢”だけが弾けなくなってしまった。

 「本当に、ごめんなさい。私……」

 このままでは本当に音楽祭の演奏が危うい。アリアの思っていた夢が180度ひっくり返ってしまって、どうしたらいいのかわからないのだ。

 気持ちは痛いほどわかるのに、それを表現できない。カイに知られるのが怖くて、欲張りになった自分が怖くて、音を奏でることができない。

 叶わなくていいと思っていた。でも、希望を抱いて弾いていた夢が急に現実になってしまったような感覚に思い知らされる。アリアは、どこかで期待していた。

 カイがアリアを見初めてくれるのではないかと。ヴォルフがフローラを王家に迎え入れたように、自分にもそんな夢のような現実が訪れるかもしれないと。

 浅はかな欲――こんな汚い心では、音楽は紡げない。こんな自分をカイに見せたくない。聴いて欲しくない。

 じわりと涙が滲んでアリアはギュッと唇を噛み締めた。
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