【超短編 01】猫のクルール
【短編】猫のクルール
 その猫は、ノラなのに真っ白だった。
 クルールという名のその猫が歩くたび、上品なパーマをあてたような長く柔らかい全体の毛がフワフワとなびき、ゆったりとした尻尾が揺れる。
 彼女が通り過ぎた後に残されたオス猫はその魅力にもうすっかりやられてしまい、口にくわえられたネズミでさえも恋に落ちるほどだった。
 一体どうして、彼女の毛は汚れずに白いままなのか。
 その謎は、篭目町の動物たちの間でもっぱら話題にされていたが、その答えを知るものはいなかった。
「きっと泥や埃も彼女の美しさには、尻尾を巻いて逃げてしまうのさ」
 井口家に飼われるシェパードのジョンは得意げに言った。
「尻尾を巻いているのは、お前だろ」
「でも、その鎖があったら逃げられやしないけどね」
 双子スズメのチックとメダルが憎まれ口を叩くと、ジョンは顔を真っ赤にして吠え始めその声に驚いた井口美里が2階の自分の部屋から、静かにしなさいと叱った。
 なんにせよ、クルールはみんなのアイドルで交際を求める動物たちも大勢いたが、みな一様ににこやかな微笑みを返され、その微笑みの種類がある特定の距離を置いたものだということがわかると、それ以上彼女に対してどうにかしようという気は一切起こらなくなってしまうのだった。
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