オウリアンダ
第一章 マコとの出会い

ドレスを着たキャバ嬢風の女

 一人暮らしにはまだまだ慣れないが、実家にいるよりも居心地はいい。
 19歳で実家を出て以来一度も家には帰っていない。自分の家族が好きになれなかった。連絡も一度も取っていない。家族からしたら失踪だ。
 実家にいた時に就職した美容室はそうそうに辞め、パチンコ店で夜勤のバイトをしながら一人暮らしを始めた。更に携帯番号も変え、万が一知らない番号から電話がかかってきた場合も出ることはなかった。
 後から聞いた話だが、どうやら就職先に家族が訪ねて来たことがあったらしい。当然と言えば当然。
 しかし、家族がそれ以上俺の所在を探っている様子はなかった。
 俺は家族とか愛とかクサイ物に飢えていたのだろう。家族とか愛は自分が最も嫌いな言葉でもある。いい思い出なんて一つもないのだから当たり前かも知れない。
 そんな寂しさを紛らわす為なのか、俺は女遊びに励んだ。適当な女を探し、そいつに食わしてもらったりもした。

 そんな女とも最近はご無沙汰で、生活は苦しかった。金も全くない状態で一人暮らしを始めたので借金もあり、食べることもままならない状態だ。2日に一回だけ食事するような状態が続いていた。当然足取りはフラフラおぼつかない。
 バイト先から一人暮らしの家に帰る為、そんなフラフラな状態で夜の繁華街を歩いていた。
 カバンが異常に重く感じる。夏なのに寒い。おかしい。特に鼻だ。触ってみると鼻は冬かと思うくらいに冷たくなっていた。
 呼吸が早くなり、頭のてっぺんが痺れて痛い。遂に足も上がらなくなり俺はその場にへたり込んでしまった。
 俺の前を何人もの人が通り過ぎていった。本当にこの街の奴等は冷たい。
 視界が狭まっている。ああ…栄養失調ってやつなのかな…。などと考えていると突然声をかけられた。

「大丈夫ですか!?」

 顔を上げると、そこには白いドレスを着た女がいた。相当な美人だ。メイクもしっかりしており髪のセットも完璧。
 ドレスからは胸がチラチラ見える。おとなしそうな声からは想像できないほど派手な見た目だった。
「ちょっとフラフラして…」
と返事をした。
「お酒じゃないですよね?救急車呼びましょうか?」
 ありがたいが、それは困る。俺はこの時保険証を失効していた。保険料を払う金なんて勿論なかったのだ。
 俺は正直に言った。
「酒は呑んでいない。多分栄養失調だと思う。だけど、金がないから救急車は呼ばないで欲しい。」
 それを聞いてキャバ嬢風の女はしばらく困った顔をした。
「ちょっと待ってて。」
 もう返事をする元気もない。
しばらくすると俺の前にタクシーが停まった。
「乗ってください!」
 俺は言われるがまま女に抱えられてタクシーに乗った。
 変な女だな。普通初対面の男をいきなりタクシーに乗せるか?俺の思考はこの女への感謝というよりは親切過ぎる女に疑念を抱いていた。訊きたいことは山ほどあったが、しゃべる元気がない。
 女は心配そうにこちらを見ている。…ただのお人好しかな。
 タクシーは10分くらい走ると高層マンションの前に停まった。
 そういえば俺は自分の家の場所を伝えていない。 ぼーっとしていて女が運転手に伝えた行き先も聞いていなかった。
 てっきり自分の家までタクシーで送ってもらえると思っていたが、違うようだった。
「ここは?」
 俺が訊く。
「私の家です。さあ付いて来て。歩けます?」
 そう言いながら女はタクシー代を払った。
 女の手を借りて俺はタクシーを降りた。気分はかなりマシになり、歩けるくらいにはなっていた。
 もっとも、フラフラなのは今もかわらないが、女も大丈夫だと思ったのだろう。俺を一人で歩かせた。
 初対面の男をタクシーに乗せた上に、その男を自宅に入れようとしている。本当に何かややこしい事に巻き込まれようとしてるんじゃないかと更に不安になる。
 しかし、ここまで来てしまった以上帰る金もなければ、家まで歩く元気もさすがにない。俺の選択肢は女の自宅で体力の回復を待つ以外に無いような気がする。
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